更新日:2022年07月07日 18:50
スポーツ

AWA世界王者から“Mrパーフェクト”へ――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第86回

WWEオ フィシャル・マガジン

“ミスター・パーフェクト”カート・ヘニングは、ビンス・マクマホンが1年以上の 契約交渉を経て、やっと獲得した実力派スーパースターだった。(写真は「WWEオ フィシャル・マガジン」表紙より

 カート・ヘニングが“ミスター・・パーフェクト”というキャラクターに変身したのは1989年。AWAをホームリングとしていたヘニングとWWEが契約交渉をスタートしたのが1987年4月で、正式契約は翌1988年6月。ビンス・マクマホンがそのネゴシエーションに1年以上の時間をかけたひじょうにめずらしいケースだった。  カートは、AWAの公式記録では1987年5月2日、ニック・ボックウィンクルを下してAWA世界ヘビー級王座を獲得したことになっている(カリフォルニア州サンフランシスコ、カウ・パレス)。この試合の当初の試合結果は、カートが凶器攻撃でニックから“疑惑のフォール”を奪い、いったんはその腰にチャンピオンベルトを巻くが、その後、ビデオ判定により裁定が覆り、ニックが反則勝ちで王座防衛に成功するというものだった。  カートはこの試合を最後にAWAを退団し、翌週に予定されていたTVテーピングでのWWEデビューを計画していた。しかし、この動きを察知したAWAは、問題のタイトルマッチから2週間後の5月23日、カートを急きょ新チャンピオンに認定し、WWEへの移籍にストップをかけた。AWAのボス、バーン・ガニアはカートの父ラリー・ヘニングにも圧力をかけ、カートとWWEの交渉を強引に断念させた。
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