AIに奪われない仕事――連続投資小説「おかねのかみさま」
みなさまこんにゃちは大川です。
『おかねのかみさま』68回めです。
木原道場の修行の傍らで書いてます。押忍。
※⇒前回「クレーマー」
〈登場人物紹介〉
健太(健) 平凡な大学生。神様に師事しながら世界の仕組みを学んでいる
神様(神) お金の世界の法則と矛盾に精通。B級グルメへの造詣も深い
死神(死) 浮き沈みの激しくなった人間のそばに現れる。謙虚かつ無邪気
美琴(美) 普通の幸せに憧れるAラン女子大生。死神の出現に不安を募らせる
杉ちゃん(杉) ITベンチャー社長。ヒットアプリ「アリファン」を運営
沼貝(沼) 杉ちゃんの先輩ベンチャー経営者で株主。脅迫事件の対処に勇躍
村田(村) 健太が師と崇めるノウサギ経済大学の先輩。元出版社勤務
ママ(マ) 蒲田のスナック「座礁」のママ。直球な物言いが信条
学長(学) 名前の由来は「学長になってもおかしくない歳のオッサン」の略
〈第68回 ウワサ〉
22:40 銀座 サーティーンスフロア
沼「彼らの多くは公平とか不公平に対するものの考え方が小学生から進歩していないから、自分より短時間でお金を稼いだ人間は必ず悪事をしたはずだって思ってるんですよ。だから僕らみたいなベンチャーに頭を下げさせることが、我慢しかしてこなかった彼らの人生を肯定することにつながって、みんなで溜飲を下げることができる。経済的な成功はその集団の共通の悪なわけですから、とにかく相互監視をしながらも表面上平和を保って、月替りでターゲットを決める。まぁこれが日本のどこにでもある傾向です」
美「相手がプロの場合はどうするんですか?」
沼「こちらもプロに任せます。」
死「ウンウン」
沼「でもねー。そういうひとたちでも株が買えちゃうのが僕らみたいな上場企業ですから。大事にしなくちゃいけないんですけどね」
熟「いいんじゃない?別にたくさん株買えないでしょ」
沼「そうなんです。株主総会で質問という名の演説したがる方に限って演説自体が目的になってますから、そういう方のあしらい方は事前に全部準備してあります。株主総会では僕が議長になって挙手している株主の方のご意見を順番に伺うんですが、その方々がしてくるであろう質問は僕の背後にいる事務方4名がリアルタイムで返答を探すようになってます。つまり、僕が壇上で質問者の目を見てうんうん頷いている間に、後ろの4名はものすごいスピードで理想の回答やその回答に必要なデータを準備するんです」
死「ハー」
杉「なんか…たいへんそうですね…」
沼「はじめはたいへんだったけどねー。何回かやるうちに予想通りの質問がくるようになるとみんな心の中でガッツポーズですよ。真剣白刃取り!みたいな」
美「でも、そこまでしないと会社ってもうからないんですね…」
沼「んー、最近はそうでもないようにもおもいますねぇ…」
杉「そうなんですか!? ぼく、これから沼貝さんみたいな人生を歩みはじめるのに、目指すひといなくなっちゃうじゃないですか」
沼「いや、いいんですよ。僕も含めてすでに踏み出した人が途中で投げ出すもんじゃないとはおもいます。それじゃ無責任ですし、なにより僕は天命だとおもって経営をしてますから、僕には仲間がいて、仲間には家族もいる。はい」
杉「でも、心境に変化はあるんですか?」
沼「いや、心境というよりも、あっけない出来事に出会ったりして、脱力してるという感じです」
杉「なんすかそれ」
沼「AIです」
死「エーアイ?」
沼「はい。実はこないだウチの会社で試験的に導入してみたんですね。ウチの会社が提供している各種サービスの再契約に使えないだろうかということになって、従来は【いかにやめさせないか】ということを徹底的に考えた結果、退会ボタンをわかりにくくしたり、辞めようとするひとを引き止める画面を100種類つくったり、コールセンターから説得の電話をかけさせたり、退会後も再契約を促すメールを送ったりしていたんです」
杉「えぇ。よく存じ上げてます。御社のしつこさは有名です」
沼「ありがとう。もちろんそうした行為が評判が悪いのも把握してたんですが、なにしろなにもしないよりもずっと継続率がいいもんですから、やめられずにいたんです。で、新規契約と合わせてとても順調に行ってたんですが、ある日子会社のひとつから提案がありまして、契約継続提案の時間帯と文面をどんどん改善するAIができたということで、試しに使ってみたんです」
熟「なんか難しいおはなしね」
沼「どんどん反省してどんどん改善するロボットを10000体雇った、みたいな感じです」
死「オー」
沼「その結果、従来の継続率が87%だったものが、94%にまで上がったんです。7%増えただけって考えると大したことないように思えますが、実はこの増加分に際しては従来の従業員はひとりも携わってない。つまり、すべて人間以外が残した結果なんです」
美「すごい。人間いらなくなっちゃう」
沼「すぐにいらなくなるということはないんです、やっぱりクレームとか来ますし。でも、それこそ一日中クレームを吸収する仕事くらいしか残らない。そして、さっき言ったようにクレームつけるだけが目的の方は顧客として捉えても意味がないですから、【いらないお客さん】すらもAIがすぐに教えてくれている。つまり、継続率がどんどん上がり、人件費がどんどん下がり、新しい契約も離れていく顧客も、一度も目にすることなく会社が大きくなっていく。あっけないけど、これが最近の状況です」
杉「最高ですね。超儲かる」
沼「そう。そうなんです。だけどね、託児所つくって朝礼やって、手帳配って上場して、結局たどり着いた未来がこんな感じだと、複雑な気持ちになりますよ。僕も人間ですから」
死「ニンゲン…」
沼「仲間たちと一緒に効率を追求してここまで走ってきましたが、いらなくなる人材がいることが先に見えちゃうじゃないですか。その人たちはまだそんなことも知らずに働いてくれてて、僕からも引き続き叱咤激励もしてるんです。おかしいですよね。本人たちが気づいてくれたらいいんですが、日々の業務も忙しいだろうし。僕なりに申し訳ないとは思うんですが、儲かるから仕方ないんです」
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