ビガロのオクタゴン物語Tapped Out With Dignity――フミ斎藤のプロレス読本#073【WWEバンバン・ビガロ編エピソード8】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199X年
おそろしく長い2分15秒だった。どっこいしょ、という感じでゆっくり起き上がったバンバン・ビガロは、わりとふつうの顔をしていた。
「コンチクショー」でもなければ「しまったー」でもなかった。たぶん、あれが無表情というやつなのだろう。
右の目の上からは鮮血がしたたり落ちていた。マウント・ポジションを取られ、あれだけ顔面パンチをもらい、チョークスリーパーでぎゅうっと絞められたあとにしては足どりはしっかりしていた。
両手をヒザのところにあてたビガロは、ほんの一瞬だけアリーナに目をやり、それからふっと我にかえったように下を向いた。
ビガロのほうからキモに握手の手を差し出すことはなかったし、キモもそれを求めなかった。闘い終えたふたりのファイターは、二度と視線を合わすことなくオクタゴンを下りた。ビガロが花道で“ファック!”と叫んだのは、そこに観客がいたからだろう。
オクタゴンの内側と外側は、薄っぺらい金網1枚をへだててまったくの別世界になっていた。
ビガロは、オーディエンスを手のひらに乗せて楽しませ、自分もそれを楽しむタイプのエンターテイナーである。
観客がそこにいれば自由奔放なバンバン・ビガロを演じることができる。でも、オクタゴンのなかでは目のまえで仁王立ちしている敵と自分のふたりきりになる。
バーリ・トゥードはバーリ・トゥードで、キモはキモ。こういう闘い以外の闘いを知らない。ビガロとキモは激しくニラミ合った。オクタゴンのドアをくぐった瞬間からサイクアウト(神経戦)ははじまっていた。
おたがいに決して相手から目をそらそうとしなかった。キモはかなりウエートを絞り込んできた。まえも後ろもジーザス・クライストのタトゥーだらけで、神に仕える身だというけれど、オクタゴンのなかではごく自然な感じで人殺しのような顔をしていた。
ビガロは、視界から観客の存在を消し去ろうと必死になっていた。
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