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瞳の奥にやさしさと理解の笑みをたたえていたビガロ――フミ斎藤のプロレス読本#072【WWEバンバン・ビガロ編エピソード7】

フミ斎藤のプロレス読本#072【WWEバンバン・ビガロ編エピソード7】

『フミ斎藤のプロレス読本』#072 バンバン・ビガロ編エピソード7は「もうあんまり欲しいものはない」と語ったビガロの心もよう。(写真はWWEオフィシャル・パブリシティー・フォトより)

 199X年

 「もうあんまり欲しいものはない」といって、バンバン・ビガロはウンとうなずいた。男の子の場合――女の子だってそうかもしれないけれど――欲しいものとは、お金で買えるものとお金では買えないものとを全部ひっくるめて、である。

 仕事があって、5ベッドルームの家があって、4WDのピックアップ・トラックがあって、ハーレーダビッドソンがあって、釣りの道具があって、カミさんがいてくれて、元気なキッズがそこらじゅう走りまわっていたりしたら、これから欲しいものなんて思い浮かばない。

 ビガロと顔がそっくりな長男シェーンはもう8歳。小学3年生になった。体はやっぱりタテにもヨコにも大きい。このまますくすく背が伸びていけば、ハイスクールにあがるころにはお父さんと同じくらいの身長になるだろう。

 次男コールテンはまだ3歳。結婚して9年になるワイフのデイナさんは弁護士になるためにロースクール(法科大学院)に通っている。

 若かったころ、ビガロはヤバいこと、いけないことをたくさんやった。頭にタトゥーを彫ったのは、プロレスを志すはるかまえの“根性焼き”みたいなエピソード。ハーレーに乗るようになったのは16歳のときだった。

 “バウンティー・ハンター(賞金稼ぎ)”の仕事をしていたころはいつも銃を持ち歩いていた。撃ったことも撃たれたこともあった。塀のなかに入っていたこともある。プロレスラーになろうと本気で考えはじめたのは20代になってからだった。

 プロレスだけで食えるようになってからも、ずいぶん修羅場をくぐってきた。

「スモウ・レスリングの元グランド・チャンピオンの北尾光司のデビュー戦の相手をつとめられる人間はあの時点では世界じゅうでオレひとりだけだった」というのがビガロの導き出した結論。

 プロレスというスポーツが存在しない旧ソ連からやって来たサルマン・ハシミコフとビクトル・ザンギエフのベイビーシッターもしたし、ベイダーには「手とり足とりオレがプロレスを教えてやった」。

 “レッスルマニア11”では元NFLスーパースターの“LT”ローレンス・テイラーと闘った。

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WWEをやめてのんびり暮らそうと思っていたら…

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