周庭をおじさん目線で「普通の女の子」として消費する愚かさ/鈴木涼美
香港の民主活動家・周庭(アグネス・チョウ)が、香港国家安全維持法違反の容疑で8月10日に逮捕。11日夜には保釈され、「当局に対し、このようなばかげた政治的訴追の停止を求める」と述べた
かわぐちかいじの漫画『メドゥーサ』は、かたや保守政治家、かたや反体制側の闘士となった血の繫がらない兄妹双方の視点から政治の腐敗などを描き出すのだが、妹のコードネームが作品タイトルになっている。ノンポリ学生を一気に運動家へと変えてしまうほどのオルグの天才で、大学紛争に参加した後はパレスチナで革命戦士となるのだけど、なんかとにかくすごい美人ですごい怖い。
私はどうも活動家を率いる女神というと、このすご腕オルグのメドゥーサを思い浮かべてしまうのだけど、日本のオヤジメディアの切り取る女神像はもっとずっと親しみやすい。
香港の民主活動家の周庭氏が国家安全維持法違反の疑いで逮捕され、25時間後に保釈された。当局は捜査を継続する方針で、実刑判決の可能性を懸念する声もある。同世代の活動家・黄之鋒氏らが出迎える様子にひとまず安堵した市民は多かろうが、同時に表現の自由の要だった香港のアイデンティティはいよいよ崩れだし、また改めて国安法の恐ろしさが示された。
ウイルス感染状態だった日本メディアでもここ数日は再び香港問題の報道が目立ち、「民主の女神」(民主の女神像からの引用と思われる日本メディアでの周庭氏の呼び名)という呼称やアイコンとして押し出す報道に違和感を唱える議論も舞い起きた。
個人的には「女神」という表現はクリシェと割り切れる程度なのだけど、とある報道番組の「普段見せる姿はどこにでもいる20代の女性だ」というナレーションが、「普通の女の子」と「素顔」が大好きなおじさま方のなんとも無邪気な反復のようで見ものだと思った。
この使い古された「どこにでもいる20代の女性」は、当然どこにでもいない才能の持ち主にも使われるが、異常なものよりの認識をされている者にも使われて、「AV女優 どこにでもいる」「AV女優 普通の女の子」などで検索すると大量にいかにもそういうページが出てくる。
ちなみに後者でググると最初に私の本の記事が出てくる。運動家というちょっとマッチョなイメージを「素顔」でほぐし、そこに、「日本好き」「日本アニメオタク」など、とにかく外国語を喋る人々が日本の何かが好き、と聞くのが好き、な最近のテレビトレンドも重なり、全体的に誰かの好物感がある。
親しみのない存在を、親しみのある素顔を切り取って消費している場合なのかとちょっと思う。少し前に日本では、リアリティ番組の出演者が自殺したことをきっかけに、中傷問題の対策と称してプロジェクトチームが立ち上げられた。
座長である三原じゅん子は、言論弾圧の懸念を示す声を、政権批判と誹謗中傷は全く違うと一蹴したが、その如何様にも変化しうる線引きをするのは小さな個人たちではない。そして香港の国安法は実際は個人の表現を弾圧するための道具に使われることが証明された。
周庭氏は昨年の来日時、「香港も、日本も、本当の民主主義がありますように」とメッセージを残したが、後者のそれだって、本来必死に守らなければいつだってちょっとずつ取り上げられているかもしれないのだ。
写真/時事通信社
※週刊SPA!8月18日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中
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