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劇薬でしか常識を壊せない日本で ワーケーションは普及するのか/鈴木涼美

休暇を兼ねて遠隔地で仕事をする新たな働き方として’10年代後半から日本でも導入が進んでいる「ワーケーション」(ワーク+バケーション)について、菅官房長官は会見で普及への意欲を見せた。コロナ禍でインバウンド需要が見込めない今、「国内観光を楽しんでもらう環境づくりが重要」と述べたが、新規感染者が増加する中、時期尚早との意見も多い 鈴木涼美

24年越しのロングバケーション/鈴木涼美

 石原慎太郎が五輪招致に動き出した時、高度成長期への無防備なノスタルジーは何も生みださないと思ってはいたが、それなりの期待もあった。戦後急ピッチで開発された都市に住んでいる以上、街の老朽化は実感しているし、記者時代の都政取材を通して地道な補強や建て替え作業では間に合わないと懸念していたからだ。  高齢化する人口と街の老化、逼迫した財政では到底、都市のすべてを救えない。木造文化で地震もある日本では欧州のような数百年前の建物を愛でるような都市計画は無理だし、国の傾向は劇薬がない限り変化を嫌うし、都市更新において五輪という大義名分は捨てがたいのだから、悪いことばかりでもないと一瞬思った。結局、具体案を見ると都市を生まれ変わらせる気はなさそうだったけど。  コロナもまた、五輪以上に招かれざる客でしかないが、劇薬でしか常識を壊さない日本的慣習の更新が唯一の救いだと考えている人は多い気がする。自宅作業やフレキシブル出勤など、技術的に可能なことも前例がないとか礼儀を欠くと導入されず、私も新聞社ではファックスでゲラをチェックさせられていたわけだが、コロナ禍を機に反射神経の良い会社は新しい標準を作りつつある。  だからダサいマスクはいらないし百合子の外来語劇場はもっといらないけど、土壇場の東京除外で迷走したGoTo キャンペーンの次に、官房長官がワーケーションの普及に言及したことだけは、誰も評価してないけど、私はそれなりに嬉しがっている。そもそも新聞社をやめた理由が、「好きな場所で書きたいから」だった私はもちろんライフ・イズ・ワーケーション派。標準化するなら、歓迎する。  一部の海外メディアは、バケーションを取れない日本人気質を馬鹿にするかもしれないが、そもそも画一的な働き方から抜け出せないでいた日本にはバケーション以前に働く場所や時間について既成概念を取っ払う必要があるし、自由業が粗末に扱われがちな現状を打破するべきなので、気にしないでいいと思う。  ただ、実際どれだけ普及するかというと、ある程度絶望的な観測もしている。攻撃されることに敏感になった人はリゾートに行ったことを人に言わないだろうし、「いいご身分ですね」程度の嫌味は聞き流せても、「はた迷惑」「人のことを考えていない」と批判されてまでワークを持って出かけたりしない気もする。  嫉妬が下手な人が増えたと思う。羨ましい、憧れる、と思えずにズルイと思う。ズルイと口に出せないからかりそめの正義でもって批判する。Twitterなどで正しさへの過度な依存を指摘する人は多いが、正しさへの依存は嫉妬できないゆえの代替策のような気がする。  自分は我慢してるのにズルイ、行けない人だっているのにズルイ、と自分の中に湧く嫉妬の感情を「感染拡大の原因」「非常識な旅行者」と批判することで解消しているうちは、ワーケーションの標準化も遠いしロングバケーションはもっと遠い。結果、海外メディアに馬鹿にされながら、盆と正月だけを楽しみに働きアリたちはオフィスでタイムカードを押し続けるのかもしれない。 写真/時事通信社 ※週刊SPA!8月4日発売号より’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

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