サウナでタオルを扇ぐ“熱波師”は職業たり得るのか? 人気熱波師「サウナという空間を邪魔しない」
スパ施設のサウナ室でタオルを扇ぐ人を一度は見たことがあるだろう。スパ施設に足を運ぶ習慣がない人でもその言葉は耳にしたことがあるかもしれない。「熱波師」――そう呼ばれる彼らは、サウナ室で“ロウリュ”と“アウフグース”という一連のサービスを行う。ロウリュは、サウナストーブ上で熱せられた石に水をかけて蒸気を発生させる。アウフグースは、ロウリュで発生した熱い蒸気をタオルで扇ぐことを指す。ともにサウナ室内の体感温度を一気に高める効果がある。
ロウリュ&アウフグースは、ときに長蛇の列を生むスパ施設の人気のサービスだ。熱波師はもともとフロント業務や清掃業務などと並行してロウリュ&アウフグースを行うスパ施設の従業員だった。その一方で、スパ施設から招かれて同サービスを行う“専業”のフリーランス熱波師が現れたのは、サウナがブームになった証しとも言えよう。
そんな中、あるスパ施設の従業員でありながら人気熱波師として絶大なる支持を得ていたひとりの男が“独立”を発表した。神奈川県横浜市鶴見区のスーパー銭湯「おふろの国」の井上勝正氏(53歳)だ。熱波師は“職業”たり得るのか。その今後を左右するであろう井上氏に話を聞いた。
「独立したのにはいろいろ理由があります。『おふろの国』の他の熱波師たちが育ってきて、熱波師になりたいという人も増えてきた反面、僕は怠惰になり、達成感を得られなくなっていたのが大きい。これまで居心地が良すぎるあまり、そのことに気づけなかった。では運営する側にまわればいいのかと店長業務の研修を受けてみたものの、明らかに向いていないとわかったし、そもそも面白いとも思えなかった。だったらまた一人になって、好きなことをしてお金を得る原点回帰をするしかないなと思って独立を決めたんです」
井上氏はフリーランス熱波師として法人登記。独立から3か月がたった今でも多くのスパ施設から熱波サービスの依頼が舞い込んでいる。
「熱波師として施設に呼ばれた際の対価は3万~5万円で、別途交通費や宿泊代などをいただくかたちです。サウナ室で熱波をするだけの場合もあれば、トークイベントをすることもあるので、それによって対価は変わりますが、基本はスポットとして熱波サービスを3回行うのが仕事になります。3回で1万円をいただいていた昔と比べるとだいぶもらっていますが、僕は集客する自信があるし、熱波を受けたお客さんたちに飲食を促すなどして施設にもちゃんと貢献できていると思う。おかげさまで、独立した8月は月に20日稼働できました。毎月同じように出来るとは限らないし、急に“いらない”と言われることだってあるからフリーランスとしての不安はもちろんある。でも、人は不安を抱えていたほうが正しい方向に進めるとも思ってます」
井上氏は不安を抱えながらタオルを振る。それは「おふろの国」で初めて熱波サービスを行ったときもそうだったのかもしれない。
「初めてタオルを扇いだのは2009年のゴールデンウィークでした。林店長に言われるがまま始めてみたもののよくわからず、当時はストレスを発散するためだけに仰いでいました。だからか、お客さんから“どっか行けよ”と邪魔者扱いを受けたのも当然というか。熱波というものがまだ世間的に認知されていなかった頃の話です」
それでも井上氏は熱波サービスをやめなかった。意地もあった。そして彼の熱波はいつの間にか“オリジナル”になっていった。
「僕がサウナ室で何かをしゃべろうとお客さんは誰も聞いていない。だったら野球でも時事ネタでも『聖闘士星矢』でも、好きなことをしゃべらせてもらおうと思ったんです。そしたらクスクスって笑い声が聞こえた。客の反応が返ってくるようになったのが本当にうれしかった」
井上氏の熱波サービスは、ロウリュ&アウフグースを行うまでの“語り”がとにかく長いのが特徴だ。時間にして20~30分。サウナ室はドアを開け放ち換気している状態にあるとはいえ、入浴者たちはじりじりと汗だくになる。ただ好きにしゃべっているのかと思いきや、「お客さんたちが汗をかき肌が保湿された状態で熱波をしたい。時間をかけるのは皮膚がロウリュを浴びられる状態をつくるため」という明確な意図があるのはあまり知られていない。またドアを開け放っているのにも「サウナの熱対流で古い空気を外に押し出し、新鮮な空気を取り込みたいから。何よりサウナ室内の二酸化炭素濃度の上昇を防ぐため」という意図がある。
独立を決めた理由とは?
始めの頃は「ストレスを発散するためだけに仰いでいた」
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