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「兄が暴れて全裸で外に…」兄弟姉妹が重い障害を抱える“きょうだい児”の苦悩と葛藤

重い病気や障害を抱える兄弟姉妹がいる子どもを「きょうだい児」というが、その認知度はまだ低いのが現状だ。きょうだい児の多くは、子どもの頃、親からの愛情不足に悩み、大人になると結婚や親亡き後の兄弟姉妹の世話に対する不安を抱えて生きている。2021(令和3)年の厚生労働省の調査では、日本のきょうだい児はおよそ666万人前後と推測される。

(株)ジルベルト 代表取締役・福田裕士氏(34歳)

自身も4歳年上の重度知的障害の兄を持ち、兵庫県精神障害者家族会連合会(以下、兵家連)の理事で、就労支援A・B型事業所を経営する(株)ジルベルトの代表取締役・福田裕士氏(34歳)にその実情を聞いた。福田氏は現在、オープンチャット「きょうだい児」で、45歳以下のきょうだい児の悩みを聞いている。

家族の主体はいつも兄

福田氏は兵庫県神戸市に産まれ育つ。どのような子ども時代を送ったのだろうか。 「兄は5~6歳並みの知能で、障害者雇用で清掃業をしています。僕自身が兄のことでめっちゃ悩んでいたわけではありません。兄はIQが低いだけで、愛嬌のある“でかい6歳児”のような感じなので、扱いやすい。ただ、家族の主体はいつも兄でした」 父は単身赴任で不在がちだった。福田氏は幼少期の多くの時間を、母と兄と過ごした。 「兄に障害があると理解したのは、小1くらいのときでした。兄と自分に対する愛情のかけ方が違っていると感じていました。母は兄にはもちろん、僕にも過保護でした。母は僕にはしっかり成長しろとかなり厳しかったです」 その厳しさは、若干、一般家庭と異なった。 「習い事も色々な理由でさせてもらえなかったです。中学生の時ですら、夏祭りは危ないからと行かせてもらえなかったです。厳しくないですか? 子どもって塾に通って友だちと勉強したいと思うじゃないですか。母は金をかけてでも高額教材を買ってきて、家で勉強しろという。常に目の届くところに置いておきたかったのでしょうね」

思春期の頃、兄といることが恥ずかしかった

兄は小・中学校と同じ学校に通っていた。どんな悩みがあったのか。 「周りから兄の障害のことでからかわれたことって意外になかったです。理解がありました。だけど、僕が遊びに行くときには、必ず兄貴がついてくる。ホンマに邪魔やなあとよくケンカになりました」 思春期になると兄といることが恥ずかしく、外食するときは、住んでいるエリアから離れた場所に行って欲しいと頼むようになった。兄の存在を隠したかった。 「高校で初めて、地域外の学校に進学しました。それまでは常に兄に紐づけられていたので、ノビノビしました。僕個人のことを見てくれると感じました」 そんな福田氏は両親の強い勧めで、近畿医療福祉大学の社会福祉学部に進学する。
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兄と自分、2家庭分の収入が必要
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立教大学卒経済学部経営学科卒。「あいである広場」の編集長兼ライターとして、主に介護・障害福祉・医療・少数民族など、社会的マイノリティの当事者・支援者の取材記事を執筆。現在、介護・福祉メディアで連載や集英社オンラインに寄稿している。X(旧ツイッター):@Thepowerofdive1

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