第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(13)

 バカラ大会は、予選が土曜日午後5時、決勝が同日7時開始の予定だった。

 当日到着の参加者もあり、そういう中途半端な開始時間となる。

 優子にとっては、すこしハードなスケジュールとなってしまった。

 日本からは午前5時香港着の便があり、シンガポールからは12時30分の便で着く参加者もいた。

 それを出迎え、ホテルに着けば部屋を手配し、デポジットの手続き等を手伝い、その他参加者から依頼される雑事を処理してから、優子は自身も大会に参加するのである。

 でもそのほうがいい、と都関良平は考えていた。

 博奕では、イレ込まないことが肝要だ。

 やったる、と希望に胸を膨らませてカジノに向かうとロクなことがない。

 イレ込まず、イモ引かず、落ち込まず。

 多少興奮してしまう時間帯があるのは致し方ないとしても、あくまで冷静に沈着に。

 あたかもオフィスで事務処理をしているごとく、カードを引く。

 バカラでたまたま大勝できるときは、そんなものなのである。

「良平さんには申し訳ないけれど、もう忙しくて、大会で集中できません。おまけに寝不足だし」

 予選開始の時間があと40分と迫った時に、オフィスの戻ってきた優子が言った。

 まだ客から依頼された雑務の処理が終わっていないのか、iPadになにかを打ち込んでいる。

「寝不足くらいの方が、いい成績を残せるものなんだ」

 これは体験的に良平が学んだことだった。

「だって、まだ作戦も考えていません」

 と優子。

「作戦ねええ。BJ(ブラックジャック)にしろバカラにしろ、こういう大会では自分が勝つことよりも、敵が負けるのを待つ、というのが作戦といえば作戦だよね」

 と良平。

「どういうことですか?」

「予選にせよ決勝にせよ、30クー(=手)の勝負だろ? やってみればわかると思うけれど、ほとんどの打ち手は、25手くらいまで動かない。動いたやつが脱落していくのを待っているんだね。最後の3~4手に勝負を懸ける」

「そんなものなのですか」

「決勝テーブルでの戦法はまた別だ。予選は3着までに残れればいい。自分は負けていたって構わない。相対的なものだから、同卓の打ち手3人が、コケてくれればいいんだよ。ただし、決勝では“オール・オア・ナッシング”で優勝を目指した打ち方をする。3位になったら残念賞もつかないのだから」

 iPadのスクリーンから顔を上げた優子の頬に疑問符がついていた。

 眼が光を欠いて、泳いでいる。

 本当に疲れているようだ。

 多少の寝不足は問題がないとしても、これではとても駄目だろう、と良平は感じた。疲労が戦意を削いでいる。イレ込まないながらも、戦意を失わない。矛盾かもしれない。でも、どうでもいい、と思った瞬間に崩落がはじまるのである。この加減は難しかった。

 穴埋めの1500万円だ。

 失っても、仕方あるまい。

「さあ、そろそろ下に降りて、大会の準備を見てこよう」

 良平は誘った。

「百田さんに依頼された件が、まだ済んでいません。わたしは5分後に降りますので」

 優子の眼が、またiPadに戻った。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。