第6章第3部:振り向けば、ジャンケット(14)

 大会用のテーブルの設定は、部屋持ちジャンケットの『天馬會』にまかせてあった。

 連中は慣れている。

『三宝商会』がおこなう、出場権1500万円・参加者12名限定・優勝賞金1億2000万円、などとは桁違いのバカラ大会を、『天馬會』はほぼ定期的に開催する。

 まだ北京政府の「反腐敗政策」が始まらなかった2012年には、優勝賞金1億HKD(15億円)などというバカラ大会を催して、同じ規模の同業者のドキモを抜いたものだった。

 午後5時ちょうどに、参加者を前にして、良平が大会開始のスピーチをした。

 オフィスから降りてきたばかりの優子が、息を切らせている。

「皆さま、慣れていらっしゃいますからご説明の必要はないと思いますが、一応大会のルールを申し述べます。

1) 優勝賞金800万HKD(1億2000万円)。準優勝賞金400万HKD(6000万円)。いつものように、三着以下はゼロ。

2) 予選は、各卓3名の勝ち上がり。手元に残っているチップの量には関係ありません。

3) 予選・決勝ともに、同卓の出場者に同量のチップが残っていた場合には、サドン・デス方式で、31クー、32クーと決着がつくまで継続します。

4) 開始手持ちが100万HKDです。トーナメント・チップを使用しますので、これはいかなる場合でもケージで換金できません。

5) ミニマム・ベット1万ドル、マキシマム・ベット100万ドル。「フリー・ゲーム」は認めません。すべてのクーにベットしていただきます。

6) タイ・ベット、トイチ・ベットなしのルールとなります。タイが起きた場合は、ノー・ゲームとしてプレイヤー・バンカーとものベットは返却いたします。また便宜上、バンカー・コミッションなしでおこないます。ご存じのように、このルールでは、バンカー・ベットに若干の「確率の優位」が生じます。お含みおきください。

7) 「口切り」のベットは、一番ボックスから二番ボックス三番ボックスと、左側に順送りとなります。ゲームはフェイス・アップ(ディーラーがカードを開いていくこと。つまり打ち手側のシボリはなし)で進行します。ラスト3クーで、各ボックスの手持ちチップの集計ををおこない、皆さまにお知らせいたします。

8) シークレット・カードは2枚のみ。ベットする金額をカードに書き込み、自分のボックスに伏せて載せてください。

9) ルールにかかわる疑問が出た場合は、大会責任者のわたしが両テーブルの背後に立っておりますので、お尋ねください。ディスピュートが起きた際には、わたしの決定が唯一最終となります。

 バカラ大会ですので、「業務連絡」は9項で止めておきますね。納得あるいは理解できないことが起きたなら、その都度わたしに訊いてください。まず、テーブルおよび席順のカードを引いていただきます。それでは、グッド・ラック」

 バカラだから、「口切り」ベット以外で席順はほぼ関係ない。

 しかしテーブルによっては、運・不運が生じる。

 優子は、A卓三番ボックスの札を引き当てた。

「なんだ、運営側の人間も出場するのかよ」

 と九州からの参加者が文句を垂れる。

 優子がそれに作り笑顔で応えた。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。