第6章第4部:振り向けば、ジャンケット(8)

「しかし、いま独立したって、商売にならんのじゃないかね?」

 と良平。

「しばらくは準備期間として、力を溜めます。入境制限が解除され、お客さんたちが戻ってきたときに、ジャッキーくんは勝負をかけるそうです」

 それはそうであろう。

 この頃、マカオの入境制限を法的にクリアできたのは、1日に5000人程度の外国人雇用者のみ。

 それもほとんどは、香港居住者だった。

 3月8日の時点でマカオ政府は、2週間以内にドイツ・フランス・スペイン・日本の4か国に滞在歴がある者は、強制検疫を実施する、と発表した。

 それ以前には、中国本土はもちろんだが、韓国・イタリア・イランの4か国だけが、その対象となっている。

 イタリア・韓国・ドイツ・イラン・フランス・スペインが、その後どうなったかは、誰でも知っていることだろう。

 しかし、この時点で、なぜ強制検疫の対象国に日本が含まれていたのか、謎である。

 これは、オリンピック・パラリンピック延期決定のずう~と以前のことだった。

 このとき強制検疫の対象国となった日本国内では、政府や大手マスコミが、「新型コロナは季節性インフルエンザみたいなものだから、心配ない(それゆえ、検査の必要はない)」などという法螺を、まだ盛大に流していた頃だった。そりゃ、検査しなければ、感染者数はすくなく発表されるに決まっている。

 3月8日の段階で、マカオ政府は日本に関し、一般の日本国民が知らされていない事実を知っていたのだろうか。

 前年には、平均すれば旅行目的だけで日に10万5000人の訪澳者があった。

 しかしすでにフェリーは、外港・コタイ便ともに停止されている。

 それゆえチョッパー(=ヘリコプター)での特別便を除けば、交通手段は港珠澳大橋をバスで渡るか、1日1便しか残っていないマカオ機場発着の航空便だけとなっていた。

 のちにこれは、マカオ当局によって、

(1)14日以内に中国、香港、台湾、マカオ以外の地域に滞在したことのある全ての入国者に対して指定場所で14日間の医学観察(2020年3月17日~)

 その翌日に、

(2)中国、香港、台湾籍の居民及び外国人雇用者以外のすべての非マカオ居民の入国を禁止(2020年3月18日00:00~)

 
 という、実質的な「鎖国政策」に変更された。

「皆さん、長期間ギャンブルができなくて、欲求不満が嵩じているでしょうから、いったん入境が解禁されると爆発的にお客さんが集まるような気がします」

 と優子。

「経済的に疲弊していても?」

「ええ、経済的に疲弊していても」

 と優子は答えた。

 そう、賭博がない社会というのは、歴史上存在していない。

 賭博は、ヒトの歴史とともに古いのではない。

 歴史以前から存在していた。

 それに関する考古学上の証拠は、枚挙にいとまがなかろう。

 大型動物の距骨(=ほぼ正六面体となる骨)に記号が刻まれている骰子(=サイコロ)まで発掘されている。

 そんな道具の用途はふたつしかあるまい。

 神事(=うらない)ないしは、賭博だった。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。