第6章第4部:振り向けば、ジャンケット(12)

 2020年4月、新型コロナ・ウイルスの影響で、世界的にカジノ業界は窮地に追い詰められていた。とりわけマカオのカジノは、悲惨な状態である。

 メガ・ハウスといえども、というか事業規模が大きければ大きいほど、毎日まいにちマカオのカジノは巨大な損失を叩き出していた。

“Inside Asian Gaming”という業界誌が、4月14日からの3日間、マカオのメガ・ハウス11軒(The Venetian Macao, Parisian Macao, Sands Cotai Central, City of Dreams, Wynn Palace, MGM Cotai, Galaxy Macau, Grand Lisboa, Wynn Macau, MGM Macau and StarWorld.)に潜入取材しレポートしている。

 あの東京ドームほどにも(あるいはそれ以上に)広い各ハウスのゲーミング・フロアには、平均すると客が15人ほどいた。内わけは、テーブル・ゲームに7人、スロット・コーナーに8人だけだった。

 金沙城中心(Sands Cotai Central)にいたっては、フロアに居た客はたったの1名のみ。惨状を通り越して、もはやギャグの領域である。

 大幅に従業員を削減したといえども、それでもハウス側は、その平均15人の客のために、ディーラー、インスペクター、ピット・ボス、フロア・マネージャー、ケイジ(=キャッシャー)要員、ホスト、セキュリティ、サヴェイランスの職員を割かなければならなかった。

 カジノを閉めるわけにはいかないのだから。

 なぜならハウスには、「1日24時間、1年365日」のオープンが義務づけられている。そうしないと、カジノ・コンセッションの条件に違反するとして、澳門博彩監察協調局にライセンスを没収されてしまうのだった。

 業界最大手のサンズ・チャイナの2020年1~3月期の決算は、前年比売り上げ65%強の減少で、200億円弱の純損益。これは新および旧の正月を含むかき入れ時でそうなのであって、まだ4月以降の地獄を見ていないのどかな時期での数字である。

 のちに発表された4月の売り上げは、弱小からメガ・ハウスまですべてを合わせてもたったの10億円相当だった。おそらく地元の打ち手たちが1億円弱のバイインで、ぐるぐる回した結果であろう。

 入境制限がつづく限り、ハウスはオープンしていても巨大な赤字を垂れ流す。

 だからといって、ハウスを閉めれば、ゲーミング・ライセンスを失ってしまう。

 進んでも地獄、退いても地獄だった。

「6月になれば入境制限は解除される、って言われているけれど、それまで業界はもつのかね」

 とコニャック・グラスを手にして良平がつぶやいた。

「ジャンケットの部屋を開けているのはほんの一部の大手だけですけれど、お客さんが入っているのを見たことがありません」

 と優子。

「まあ、この業界のことだから、どこが活動していて、どこが廃業したのかも、来年1月の博彩監察協調局の公表まで、わからない」

 ただジャンケット関連の職員たちが、どかどかと解雇されているのを良平は知っていた。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。