ばくち打ち
第6章第4部:振り向けば、ジャンケット(13)
いや、ジャンケット関係だけではなくて、この時期カジノ事業者本体の職員たちも大半はレイオフされている。
そしてこのレイオフは、一時的なものではなく、のちに恒久的なそれになることが予想された。
「ジャッキーくんの『天馬會』は、ほぼ100%の営業自粛です。彼の契約はまだ残っているのですが、同僚はほとんどが解雇されたそうです」
優子の舌がもつれていた。
2本目のヘネシーのボトルは、半分以上が消えている。
「IVS(Individual Visit Scheme=大陸の人たちに出される特別なマカオ滞在ヴィザ)が再発行されるようになったら、客は戻ってくるのかね」
「きっと戻ってきます。わたしたちは、そちらに賭けました。以前良平さんがおっしゃっていたように、賭博のない社会などありえない。おまけに過去の事例を調べてみたら、面白いことに気づきました」
「なに、それ?」
「日本では災害とか経済危機とか、そういうことがあって政府から援助金だの補助金だの支給金だのが出ると、カジノでジャンケットのお客さんが急増した」
「ああ、それはある」
なぜなら、その税金のかなりの部分はウラ社会に流れる仕組みとなっているからだった。
それだけではなくて、オモテ社会がその仕組みを取り込んでいく。ウラとオモテの社会が渾然一体となって、税金を喰っていくのが、日本の実情である。
「東日本大震災後のジャンケットはすごかった、と良平さんは教えてくれましたよね。それからしばらく経つと、ジャンケットのお客さんたちに除染ビジネスや貧困ビジネスの人たちが増えた」
「確かに、そうだね」
「日本のケース、いや世界で共通してそうなのでしょうが、新型コロナでは、財政支出が半端な額で終わらないはずです。この窮地こそが、ジャンケット事業の経営者として新規参入する好機到来なのではなかろうか、と。逆張りです」
「よし、わかった。売ろう」
なぜそう言ったのかはわからない。
しかし良平は、そう言った。
メガバンクから送り込まれて20年を越していた。
一本独鈷(いっぽんどっこ)の『三宝商会』となってからでも、すでに16年。
泡のような打ち手たちを相手にするこの業界に、良平が疲れて果てていたのは、事実だ。
持続の時間に長短はあっても、泡は必ず弾けた。
そしてまた新しい泡が生まれる。
神田猿楽町に生を受けて、ちょうど半世紀。
そろそろ見切りどころなのかもしれなかった。
そして賭博の世界では、勝ち逃げだけが唯一生き残れる道である。
「ほんとですか」
と優子。
この業界では、口で交わした約束で充分だ。
「ああいいよ。未練はない。業界はこんな惨状だし、ちょうど潮時かな。でも優子さんが500万HKD(7500万円)を支払っちゃったら、新会社の運転資金はどうするの」
「負けませんよ」
と優子が笑う。(つづく)