第6章第4部:振り向けば、ジャンケット(15)

 ジャンケットとは、好むと好まざるとにかかわらず、泥水を飲む稼業である。

 誘惑だらけの世界でもあった。

 その気さえあれば、いくらでも悪くなれる。

 でも、通さなければならないスジ、というものは存在した。

 いや、良平が勝手にそう思ってきただけなのかもしれない。

 一歩踏み間違えると、奈落への坂を転げ落ちる危険と、常に同居していた。

 多くの同業者たちは、誘惑の甘い罠に絡めとられ、踏み外す。

 そうして、いつの間にか消えていった。

 自死した者もいる。殺された奴もいた。

 しかし恐ろしい噂が流れてきても、実際は生死不明がほとんどである。

 わたしも眠ろう。

 限界点が近づいているのを、良平は感じた。

 このオフィスで『三宝商会』の役員二人が並んでぶっ倒れているわけにもいくまい。

 良平はクロゼットから純毛の毛布を取り出すと、優子の上にそっと掛けた。

     *     *      *

 ほとんどの人にとって、大量のアルコール摂取は入眠を促す薬理作用があるのだろうが、都関良平の場合はそう簡単ではなかった。

 一応寝入る。しかし1時間ほども経つと、目覚めてしまうのである。

 そして再び、寝入るのが困難となった。

 アルコール依存が亢進しているのだろうか。

 この夜がもろにそうだった。

 目を瞑りながら、頭の中で去来する妄想が、追跡できたり拡散したり。

 苦しくてもいいから、眠りたい。

 この業界で20年間やってきた。

 もう充分だ、と良平は納得している。

 しかし、次になにをやるべきか。

 日本に行って、IR開業にかかわるのか。

 新型コロナが終息しても、本当に日本でIRのプロジェクトが実行されるかどうかはわからない。

 手を広げられるだけ広げたところにCOVID19が直撃した。ラスヴェガスの大手は足元が危なくなってきている。

 日本プロジェクトを自己資本と銀行融資でカヴァーするのは、もう不可能なのだろう。

 いやそもそも、LVS(ラスヴェガス・サンズ)ならソフトバンクの、MGMならオリックスのカネをあてにして、計画が練られてきたのである。あてにしていた先が、資金繰りに窮するようになってしまった。

 MGMは有利子負債だけですでに1兆6000億円相当あるから、もう突き進むしかあるまい。一旦停まれば腹を上に向けて浮いてしまう。

 LVS(SANDS CHINAを含む)の有利子負債は相対的にすくないので、新規事業から撤退すれば生き残れるかもしれない。だから日本プロジェクトには、手を出さないのだろう。

 もし日本のIRプロジェクトが、『IR実施法』の条文に書かれた文言のまま実施されるとしたなら、できるのはテーブル・ゲーム台つきの超大型パチンコ・ホールとなってしまう。

 そんなものの立ち上げに、良平はかかわりたくなかった。

 眠りを求める良平の頭の中を、とりとめのない思考が駆け巡る。

『論語』には、

 ――不有博奕者乎

 という言葉があった。(つづく)

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PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。