番外編:カジノを巡る怪しき人々(6)

賭博目的のツアーに特化された旅行会社

 英語でジャンケット(JUNKET)といえば、そもそも「招待旅行」を意味していた。

 ハウスにとって、経費もかかり、かつ面倒で厄介な集客の部分や、打ち手たちへのアテンドは、すべてジャンケット・ルームを経営する業者が、独自にやってくれる。

 だから、ジャンケット業者とは、賭博目的のツアーに特化された旅行会社だと考えても、それほど的を外れていない。

 マカオ大手カジノのVIPフロアに数多く存在するこれらの「ジャンケット・ルーム」では、公平で公正に賭博がおこなわれるよう、厳しい審査を経た清廉潔白なカジノ・オペレーターがゲーミング(賭博)の管理をおこなうのだが、ゲーム勝敗を除く事実上の収支決算管理は、ジャンケット業者たちにまかせられている。

 つまり、ゲームの管理部門と金銭の管理部門は分割され、別々のオペレーターが仕切るようになっている。

 カジノ側はVIP用の小部屋をジャンケット業者に貸し出し、公平で公正なゲームの場を提供する以外、なにもする必要がない。

 そこの客たちのRFB(ROOM=部屋、FOOD=食事、BEVERAGE=飲み物)代金は、ジャンケット業者が肩代わりしてくれるし、大口客の接待といった面倒な部分も、すべて業者がやってくれる。

 すなわち、ハウスがゲーミング部門だけを担当し、あとはすべて「外部化(outsourcing)」されたものが「マカオのジャンケットのシステム」だ、と考えてくだされば、それほど的を外れていない。

「ロール・オーヴァーのパーセンテージ」で収入を得る、その昔の「ラスヴェガスのジャンケット」と異なり、多くの場合「マカオのジャンケット」の収入は、ハウスと業者の力関係に基づいた契約によって決定される。

「ジャンケット」発祥の地は、マカオだった。

ハウスとジャンケット業者の契約

 打ち手が回した「ロール・オーヴァー」(『ばくち打ち』第二章、参照)に対するパーセンテージで契約を結ぶことも可能だが、マカオの大手ジャンケット業者は、だいたい「ジャンケット・ルーム」からの上がりをハウスと分割する契約を選ぶ。

 ほとんどのケースでは、こちらのほうが収益が上がるからである。

 ここでわたしが「大手ジャンケット業者」と書いた場合、それは小部屋をハウスから第一次的に借り受けている、ジャンケットでも最上位に位置する業者(部屋持ち)のことを指す。

 マカオでは、その大手ジャンケット業者から、部屋を又貸ししてもらうことも可能だし、またたとえば韓国系の大手ジャンケット業者・K会のように、いくつかの業者が集まって、ひとフロア(そこがまた分割された小部屋群になっている! 日本のジャンケット業者は、そのフロアに入る)まるごと借りることも可能だ。

 いやいや、それだけではなかった。

 前述したごとく、マカオでは、大手(部屋持ち)ジャンケット→サブ・ジャンケット→サブ・サブ・ジャンケット→サブ・サブ・サブ・ジャンケットetc.と下位区分ができるジャンケット・ルームもある。

 したがって、マカオのジャンケットをわかりやすく説明しようと思っても、どうしても話が複雑化してしまう。その点は、お許し願いたい。

 まあ、「日本で数少ないカジノの専門研究者」で「国際カジノ研究所長」は、カジノ産業でぶっちぎり世界最大規模を持つマカオ市場の、そういった複雑な事情については、知らなかったらしいが(笑)。

 そうでもなければ、以下の文章は書けまい。

今回の大王製紙の事件においてもカジノ事業者の日本法人とは別に、上記のようなジャンケット事業者の存在も確認されているようです。また、ここに関しては一部で間違った情報も流布されているので、一応繰り返し強調しておきますがジャンケット事業者への報酬はあくまで送客したVIPの「総ベット金額」(ゲームに賭けた金額)をベースとして支払われるもの。そのゲームで顧客が「勝つor負ける」事は、ジャンケット事業者の報酬には全く影響がありません。

(木曾崇「総括・大王製紙特別背任事件」2011年10月31日。http://blog.livedoor.jp/takashikiso_casino/archives/6294067.html

 いったい誰が「一部で間違った情報も流布さ」せているのか(笑)。

 打ち手が「勝つor負ける」は、マカオの大手ジャンケット業者にとっては、いや、そのジャンケット・ルームでシノギをするサブ・ジャンケット以下の業者にとっても、死活問題なのは当たり前であろう。

「上がり分割」の契約と、パーセンテージの契約では、同じ「ジャンケット」と呼ばれても、その経済的立場は異なる。

 そしてここは重要だが、2011年4月以降、「井川のアホぼん」をマカオで連れ歩いた日本のジャンケット・Kは「部屋持ち」ではなかった。

「部屋持ち」大手ジャンケット業者は、うわべはどうあれ本心では客が「負ける」ことを望んでも、「ロール・オーヴァー」のパーセンテージでシノギするサブ・ジャンケット以下は、当然にも客が勝つことを願う。

1)勝てば、回す金額「ロール・オーヴァー」が巨大化する。したがって、自分への実入りが増える。

2)勝った客は、つづく。負けてばかりいる客は、つづかない。

3)そして、カジノ賭博の打ち手とは、必ず「勝利した経験」がある場に戻ってくる。

 以上の理由によって、サブ・ジャンケット以下は、客が大勝することを切望する。「勝つor負ける」事は、ジャンケット事業者の報酬には、まったく影響がありません、って、ご冗談を(笑)。

(つづく)
⇒番外編:カジノを巡る怪しき人々(7)「「勝ち負け折半」の契約」

PROFILE

森巣博
森巣博
1948年日本生まれ。雑誌編集者を経て、70年代よりロンドンのカジノでゲーム賭博を生業とする。自称「兼業作家」。『無境界の人』『越境者たち』『非国民』『二度と戻らぬ』『賭けるゆえに我あり』など、著書多数。