更新日:2015年04月07日 23:16
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山本一郎「福島に子会社を移転させ雇用を促進させようとしています」

― 有名人が告白 震災で変わった「私の生き方」 【5】 ― 阪神大震災、オウム事件、9・11――。これらの出来事と今回の東日本大震災の一番の違いは“当事者感覚”の有無だろう。東京から明かりが消え、余震が続いたなか、人々は原発の情報収集に奔走したからだ。そんな状況を経て、各界著名人の価値観はどう変わったのか? ◆社会福祉が最優先。安心して経済活動に専念する時代は終わった
山本一郎

73年生まれ。イレギュラーズアンドパートナーズ代表。個人投資家、ビジネスライター。IT開発にも携わっており造詣が深い

山本一郎 やまもと・いちろう(I&P代表)  震災被害が波及するまで、実際には大丈夫だと思ってた「お約束ごと」が、実は砂上の楼閣のようなものにすぎないということがわかり、愕然としまして。私自身、結婚をして子供も生まれ、本業もそれなりに順調だったんですが、世間がこのありさまで。  放射能の危険性も理性では「大丈夫だろう」とは思うものの、私の住んでいる赤坂から住人が消えたことや、政府がどうにも頼りない状況を見てしまうと「家族に何かあったらどうするんだ?」という、漠然とした不安感が拭えませんでした。  加えて我々が信頼をしていたものが、実は脆いと感じたこともあります。東電は世界的に見ても安定した電力を提供しており、株価を見てもディフェンシブな企業だと信じられてきました。  しかし、蓋を開ければ津波対策を怠ったことにより電力供給がストップ。動きは遅いが真面目に手堅く行動すると思っていた日本政府も、主導権争いなどにより的確な措置がとれなかったことに愕然としました。私たちが信じていた安心というものは、そんな脆いシステムの上に乗っていたということです。  その一方で、日本人が思っているほど日本人は嫌われていなかったようで、海外からの救助も通り一辺倒に救援隊が来て作業を手伝うだけではなく、多くの寄付も集まりました。 しかし諸外国にとって自国の安全は別問題のようで、日本からの輸入品は、それがたとえ九州の企業であっても、ソフトのパッケージや半導体ですら放射能検査により税関で足止め状態といいます。今回の震災でメイド・イン・ジャパンが信頼を失い、日本経済が厳しくなったのは否めません。  一刻も早く改善をしないといけないのですが、先にも述べたように政府のシステムは、データ隠しやつまらない主導権争いなど、根本的に問題があります。原発も政治主導や利害関係などで本当に技術力を持っている人が携われないなど、いくつも問題が積み重なっているようです。  そんな無力感の漂う状況で起きた私の意識変化は「誠実に社会の構成員である」ということです。経済活動を行い税金を納める。あとは、お年寄りや子供たちが安心できる状況をつくること。私が被災地に行ってもたいした貢献ができるわけではないので、それなりの金額の寄付で仮設住宅の支援などをするしかできません。  とにかく、今までみたいに利益を第一に考えるのではなく、一人でも多くの人を雇用し経済活動を止めないことを最優先で考えています。福島に子会社を移転させ10人程度ですが雇用を促進させようともしています。そんな「柄にもないこと」を常に考えている自分に、正直、戸惑っています。
ネットビジネスの終わり

いま現実に起こっているビジネスにおける地殻変動を、 大局的な観点より読み解く

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