左から飯田泰之、荻上チキ、佐々木学さん。いちばん右は、佐々木さんの「雪解け牡蠣」のブランディングに伴走してきたプランナーの土方剛史さん
「雪解け牡蠣」は入り口にすぎない?
米崎の牡蠣が美味しいのは、イカダの規格の統一だけではない。シーズン初め、種牡蠣となるホタテの貝殻についた牡蠣の子どもを丁寧に間引き、牡蠣ひとつひとつの成長を促進。夏場には、牡蠣の成長を妨げる小さな貝の付着を防ぐため、イカダから牡蠣のロープを引き上げ、船上で60度のお湯にくぐらせる処理もしている。この「温湯処理」の手間によって、牡蠣の実入りはガゼン、変わるという。実入りのいい味の濃い牡蠣は恵まれた環境だけではなく、漁師の手によって作られるのだ。
佐々木:地域の中で切磋琢磨をしてきた歴史があって、誰のものであろうと、「米崎」の牡蠣はツブが揃っていて、どこにどれを出しても恥ずかしくないものを作ってる。普通、浜って、生産者の水揚げをまとめて、それを均等に分けるっていうパターンが普通なんです。でも、米崎は各漁師それぞれが生産者番号を持っていて、その番号に競値がつく。同じ漁港所属でも、漁師ひとりひとりが個人商店なんですよね。競い合っていたから、質のいいものができたわけです。でもだからこそ、一緒にやろうといったときに、なかなか一枚岩になれない部分もあったりするんですけど。
チキ:逆にこれからは、「儲かるからパクリたいんで!」という意識の転換をしてほしいですよね。
飯田:でも、ある意味、恵まれた土壌と言えるのかもしれないですよ。大体の漁港だと逆のパターンで、「今までみんな平等で横並びだったのに……」というので、うまくいかないことが多い。結果の不平等はつきものというのを、受け入れる土壌があるというのはすごいことです。地域でブランディングするとしたら、地域全体で「絶対この品質は守る」っていう高いレベルがあり、それをさらにちょっとずつ上げてかないといけないわけだから。
チキ:それにしても、一つ別の知恵が入るだけで、第一次産業もずいぶん変わるっていう好例ですね。
佐々木:僕、最初はこんなにしゃべれなかったんですよ(笑)。
飯田:どこでも社長が一番の営業マンなんだから。社長が話せるか話せないかは重要ですよ。
佐々木:やっぱり生産者が口にすることが大事だと思うんです。その生産物の原点だから。
チキ:全体的には震災前よりもプラスって感じになってるんですか?
佐々木:そうですね、そもそも牡蠣全体の単価が上がったんで、震災前よりは売り上げは上がっていて、直接取引の数量が増えたんで、飲食店さんへ直接卸している単価の分がちょっと上乗せになった感じです。
ただ、これからのこの5年・10年でこの町の方向が決まるわけで、それには地域も市も行政も全部一緒にやっていかなくてはならない。「雪解け牡蠣」は個人ブランドでスタートしてしまったので、米崎牡蠣をもう少し早めに手がけていたら……という反省はあります。
飯田:いや、絶対に佐々木さんがいろいろなリスクを承知で突っ走ったのは、大正解ですよ。
チキ:いわゆる行政パターンって稼げないパターンだから。
飯田:地域コンサルの人、誰もが口を揃えるのは、「みんなで決めたことで役に立ったことはない」と。誰かが突っ走って、なんだかみんな着いてくるっていうのが一番勝ちパターンなんですよ。
チキ:みんなで決めるっていうことは、リスクを避けることになるからね。
飯田:結局、今までと同じでいいじゃん、以上!みたいなことになりがちだから。
チキ:「雪解け牡蠣」のお話は、震災前の数字に回復しました、っていうストーリじゃなくて、それ以外の物語があるのが面白いなあ。
佐々木:「雪解け牡蠣」のブランディングによって、この「米崎」という名前を打ち出して、米崎全体の牡蠣の単価が1円でも5円でも上がってほしい。それだけなんですよ。身をもって感じたことですが、甚大な災害の被害を受け、そこから立ち上がる力って頭数なんです。次の世代、僕の子供が漁業やった時に生産者が今より減っていたら、津波が襲ってきた時、もっとつらい思いをする。同じ痛みを分かち合える仲間を、これ以上減らしたくないんです。
【取材後記】
●飯田泰之
雪解け牡蠣に、そして佐々木さんに初めて出会ったのは2014年の春。本コーナーではちょっとだけおなじみの土方くんプロデュースの試食イベントでした。イベントのオープニングであいさつする佐々木さんの訥弁さ、そして今回の取材の饒舌さ(笑)もちろんプレゼン能力だけではなく、消費者によって生産者は磨かれる。今度はいい加減、消費者の側が生産者の努力や生産物の品質に学ぶべき時が来てるんじゃないかな♪ 美味しいものをしっかり食べ、しっかりと知ると更においしく食べられるよ! (明治大学准教授・エコノミスト)
●荻上チキ
僕はもともと牡蠣が苦手だったんだけど、被災地取材で知り合った漁家さんに送ってもらったのを食べてから、あっという間に大好物に。ただ震災前の状況まで復旧させるというだけでなく、もともと考えていたビジネスモデルを実行し、新ブランドを立ち上げて挑戦する姿には圧巻。「6次産業化」の典型的なチャレンジケースを目の当たりにさせてもらった。大ぶりで濃厚な雪解け牡蠣……人気商品になりそうだ。(評論家・シノドス編集長)
愚直にただ美味しい牡蠣をと作り続けてきた漁師が、震災をきっかけに、自らの生産物のこと、浜の未来を語りはじめた。佐々木さんの語りは、「雪解け牡蠣」をさらに味わい深いものにしてくれるはず。2016年春の「雪解け牡蠣」は現在、予約受付中。下記のオンラインサイトから注文ができる。米崎の地と浜の漁師が作り上げた濃厚でクリーミィな牡蠣の味を、是非、その舌で確認してもらいたい。
「ぶらりOnline」⇒
http://www.burari-online.com/manabu/yukidoke.html
「米崎 佐々木商店Facebook」⇒
https://ja-jp.facebook.com/yonesaki.sasaki
〈取材・文/鈴木靖子〉