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ウォリアーがホーガン下しWWE世界王者――フミ斎藤のプロレス講座別冊 WWEヒストリー第99回

WWEオフィシャル・マガジン

“レッスルマニア6”でアルティメット・ウォリアーがハルク・ホーガンを下しWWE世界王者に!ビンス・マクマホンは“世代交代”を望んでいたが……。(写真は「WWEオフィシャル・マガジン」表紙より)

 “レッスルマニア6”(1990年4月1日=カナダ・オンタリオ州トロント、スカイドーム)の大舞台でのハルク・ホーガンからアルティメット・ウォリアーへの主役交代をだれよりも強く望んでいたのはビンス・マクマホンだった。

 ホーガンがアイアン・シークを下して初めてWWE世界ヘビー級王者となったのは1984年1月。翌1985年3月には“レッスルマニア”第1回大会が開催され、ホーガン政権誕生から3年後の1987年には“レッスルマニア3”でホーガン対アンドレ・ザ・ジャイアントの“世紀の一戦”が実現した。

 “億万長者”テッド・デビアスによる“レフェリー買収事件”で王座が空位となり、“レッスルマニア4”で王座決定トーナメントに優勝した“マッチョマン”ランディ・サベージがチャンピオンベルトを腰に巻いたのが1988年3月。ホーガンは翌1989年4月の“レッスルマニア5”でそのサベージを退け、1年がかりの長編ドラマにピリオドを打つ形でWWE世界王座奪回に成功した。

 ビンスは“レッスルマニア5”におけるサベージとの完全決着戦までを“ホーガン物語”の本編ととらえていた。ホーガンはプロレスからの卒業―映画俳優転向のプランを実行に移しつつあった。ビンスはホーガンのハリウッド進出をサポートすると同時に1990年代のポスト・ホーガン路線の具体的なプランニングに着手していた。

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ビンスはウォリアーを溺愛

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