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外国人の「変な日本語」を笑っている限り、世界を相手に戦ったりできない――鴻上尚史

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僕の英語が大声で笑われたときのこと

 ロンドンで留学生活を始めた時、はっきり言って、田舎から来た学生ほど僕の英語を笑いました。  悪意はありませんでした。ただ、田舎なので、変な英語を話す人を聞いたことがなかったのです。 「日本語は母音が5つある」という英語を言おうとして、「母音」の「vowel(バウル)」の「V」が唇を咬めず「B」になりました。「bowel」は「内臓(はらわた)」という意味です。つまり、「日本語は内臓が5つある」という意味になります。  クラスで大声で笑ったのは、イギリスの田舎から来た生徒でした。  ロンドンに住んでいる生徒はまったく笑いませんでした。彼ら・彼女らは、中国系やインド系、他の移民の英語を知っているので、「その文章は他の意味があるはずだ。きっと、内臓ではなく母音なんだ」と察することができるからです。  大声で笑われた僕はもちろん傷つきました。できることなら、人前で英語を話したくないと思いました。けれど、授業ですから、話さないわけにはいきません。  日本では、テレビで「外国人の変な日本語を笑う」ことがあります。見ていて、僕は笑えません。  昔から、英語の発音の大切さを言うために、「日本人は米を食う」の米を「rice」じゃなくて「lice」と言うと、しらみを食うと思われる、なんて脅す文章がありますが、都会に住む英語母語人が誤解するはずがないと思います。  ただ、田舎者は笑うだろうという予感もします。普段、英語母語人以外の英語を聞いたことがないからです。でも、少しの教養と知性があれば、世界ではいろんな英語があると想像がつくのです。  先進国G8の中で、パスポートの取得率が最低なのは日本です。その次がアメリカです。言葉をうまくしゃべれないことがどれほど辛いかを経験する機会が少ないことを意味します。 「ちゃんと日本語しゃべれよ!」と叫ぶことが、どれほど愚かなことかは、海外で言葉の苦労をしないとなかなか分からないでしょう。  けれど、変な日本語を笑っている限り、変な英語で世界を相手に戦ったり、商売したりすることはできないんじゃないかと思っています。  どんどん外国人が増えてきても、その拙い日本語を笑う日本人は、減って欲しいと心底思います。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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この世界はあなたが思うよりはるかに広い

本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録

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