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東北被災地の高校生に演劇レッスンをして感じた、一人一人違う“震災”/鴻上尚史

「震災の記憶」をどうするのか

 最初の稽古で、震災によって家族か親戚かを亡くした人はいますかと問いかけました。何人かの生徒が手を挙げました。  物語の主人公は、震災の津波で家族を亡くした男子高校生でした。彼は毎日、海を見つめています。そして、もう二度と大切な人を作らないと決めています。また失ったら、つらくてたまらないからです。  その役を演じる男子高校生が、なかなか演じにくそうに見えたので、いろいろとアドバイスをしました。  二週間後、また稽古をした時、彼は苦しそうな顔で、「僕が演じる主人公は両親を失った設定です。でも、僕は、幸いなことに震災で家族も親戚も失っていません。なのに、僕は被災地の人達の前で演じるんです。お客さんの中には、家族や親戚を失った人もいるでしょう。僕はどんな顔で演技したらいいのかわかりません」とゆっくり語りました。  上演を予定していた大槌町(岩手県)は、役場が津波に襲われて町長や役場の人達が大勢亡くなった所です。  大槌町に地元の劇団がありますが、震災をテーマに取り上げたことはまだ一度もありません。  僕は「作品がとても誠実だから、心配しなくていい。この作品は、単純に『絆』を強調したり、簡単に希望を謳っているわけでもない。肉親を失ったことに戸惑い、どう生きていいかわからない高校生が描かれているんだ。だから、想像力で誠実に演じれば大丈夫」と答えました。  演技に、実生活は関係ありません。必要なのは、リアルな想像力です。実生活が問題になるのなら、DVに苦しむ生徒役は、実際にDVを受けた人にしか演じられなくなります。  大槌町での上演の後、観客に感想を求めました。中年の女性が、「わからないと言っているのがとてもよかった」と発言しました。  主人公の男子高校生は、自分の気持ちがわからないと正直に言います。今、何が必要でどうしたいのか、わからないと。そもそも、演劇部も、「震災をテーマにした作品を創るべきだ」という生徒と「無理に創る必要はない」という生徒に分かれています。一人一人の震災は違うのです。  そして新たな問題が生まれます。7年たって、震災と共に「震災の記憶」をどうするかが問われるようになっているのです。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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本連載をまとめた「ドン・キホーテのピアス」第17巻。鴻上による、この国のゆるやかな、でも確実な変化の記録

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