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「小池都知事のバンクシー保護、おかしくない?」と現役グラフィティ・ライターは語った/グラフィティの諸問題を巡る現役ライター・VERYONEとの対話 第1回

「小池都知事がバンクシー(BANKSY)を保護するのはおかしいでしょ。あれをやるなら、全部のグラフィティを保護するか、今までのように全部消すべき。そのどっちかですよ」

 この言葉を発したときだけ、その人の声はほんの少し怒気をはらんでいた。

 2019年1月某日、大阪某所で対面したその人は、いつものように物静かに、そして丁寧に言葉を選びながらしゃべってくれていた。その彼のまとう静かな雰囲気は、初めて会ったときから私にとっては少しだけ意外だった。彼の名はVERYONE。何度も危ない目に遭いながらも、世界のさまざまな路上で20年以上に渡り数々のグラフィティを書いてきた人物だ。

グラフィティ

EDWINのお店とコラボしているVERYONEのグラフィティ

 2019年1月16日、東京都港区の日の出駅付近でバンクシーのステンシルが東京都によって「保護」された。このニュースを巡っては、これまでも海外でバンクシーの作品が「発見」されたときと同じように「ただの落書きの犯罪行為か、芸術作品か」という議論が日本でも巻き起こることとなった。そして、バンクシーや「ストリート・アート」に詳しい人たちは「この騒動もバンクシーの芸術の一環だ」という解釈をしている。

 これからも何度も書かねばならないが、落書きは日本でももちろん軽犯罪法違反。そして、器物損壊で訴えられたり、損害賠償を請求されるケースもある。

 私はこのニュースを聞き、現場のグラフィティ・ライターの意見を聞くべくVERYONEに連絡を取った。そして、彼から「大阪にもバンクシーの作品があった」という情報を得て、翌々日、大阪に向かった

 そこで、私は冒頭のVERYONEの発言を聞くことになる。その前日、VERYONEは自身のSNSで、小池百合子都知事が1月16日に投稿した「あのバンクシーの作品かもしれないカワイイねずみの絵が都内にありました! 東京への贈り物かも? カバンを持っているようです。」というツイートを引用リツイートして、「俺が同じことしたら、逮捕、勾留、起訴でしょうね」と書いていた。

 何度も危険な目に遭いながらも、それでも「書き」続ける現場のグラフィティ・ライターであるVERYONE。そんな彼によるこの問題提起に対する彼の本音と、それに対する私の見解を紹介するのは、今回の原稿ではちょっと待ってほしい。VERYONEとの長時間に渡る対話を紹介していくこのシリーズの中で、この件に対しての論考を展開していくことにする。

 そして、このシリーズを開始するにあたって、私がグラフィティという世界とどのように触れ合ってきたか、そしてまったく詳しく書けないが、なぜ私がVERYONEと出会ったのかを説明しないと、この複雑すぎる「問題」を扱うにあたって、さまざまな誤解(ないしは真っ当な批判かもしれない)しか生まないと思うのだ。

ただの「趣味」でグラフィティを撮り始めた男が、「現場の男」に出会うまで


 私が行ける範囲で全国各地のグラフィティを写真で撮るようになって約1年半が経つ。最初はなんということもないきっかけからだった。

 2017年の7月、東京で、あるアート関係者たちと飲み終えた帰りしなに某駅に向かった。そこで、突然、アート関係者の一人が駅の高架下の「隙間のスペース」を指さして言った。

「あ、〇〇のグラフィティだ。あいつ、日本に来たときに、ここら辺にも来ていたんだな」

 もう一人が言う。

「この人、△△出身のグラフィティ・ライターでしょ。俺も□□で見かけたよ。いろんなところでBOMBしてるんだな」

 もろもろ伏字で申しわけないが、名前も出身地も実は覚えている。それをあえて伏せている、この原稿上の事情はのちほどご説明する。

 まず、私がまったく気にもしていなかったところに、数多くの「落書き」やステッカーが大量に貼ってあるのに驚いた。いや、今までももちろん、街中でこの手のものを見かけたことはある。そして、「バンクシー」という人が有名らしいということは知っている。だが、気に留めたこともなかった。そして、「グラフィティ」という言葉は聞いたことがある。だが、「BOMB」って何だ? いや、ニュアンスでなんとなくわかるけど。

 そこで、少しだけ、立ち話でグラフティティというものについての話を聞いた。だが、そのときはグラフィティという世界の存在そのものよりも、彼ら美術関係者が「私の気付かない街の風景」を見ていることに興味が湧いていた。

「MAPPA」さんというお店に依頼されてVERYONEが書いたグラフィティ

 そして、数日後、その話を友人のミュージシャンであり小説家の黒木渚にした。

「僕が全然、気付かないものに気付く人たちっていうのがいるんだ、ということが面白くてさ」

 すると彼女が言った。

「私も全国をツアーで回るんですけど、どこに行っても◇◇◇◇◇っていう落書きがあるんですよね。あれって一人でやっているんですかね。それともチームみたいなのがあるのかな」

 素直に「さすがミュージジャン。俺が全然気付きもしなかったものを、見ているんだ」と思い、少し嫉妬した。やはり、創作をする人たちの目線は、私なんかとは違うんじゃないか。

 この会話が私に火をつけた。それまで、よくある趣味として街中の風景や、寺社仏閣、銅像などを撮影していたのだが、「よし、落書きに注目して撮影してみよう。そしたら何かが見えてくるかもしれない」と、あまり考えもなしに思い立ったのだ。

気にしだすと、驚くほど街中は落書きだらけ


 いかに考えなしだったかは、私が撮り始めた初日、「よし! これから東京中のグラフィティを全部撮影してやるぞ!」と決意して家を出た、と言えばご理解いただけるだろうか。だが、あるターミナル駅につき、目的の落書きを撮り始めてすぐ、「そんなこと無理だ」と気付く。何しろ、今までまったく意識していなかった、目に入っていなかったスプレーの落書きやよく分からないステッカーが街中の至るところにある。

 グラフィティというものは、街を歩いていても、その存在を意識していないと「見えない」。少なくともそれまでの私には見えていなかった。だが、意識して見だすと、繁華街の至るところにある。本当に至るところに。ビルとビルのはざま、自販機の横や後、駐車場が面しているビルの壁、ゴミ箱……うんざりするほどある。

 郊外の街にもある。辺鄙な山奥の道沿いにあったりもする。「なぜこんな場所に」と思うところにもある。

 撮り始めてすぐに「誰がこんなに書いているんだ?」と思うようになった。だが、ネットで調べるのはあえてヤメることにした。なんだか面倒なことになる予感がしたからだ。

 一度だけ、撮り始めた初日に「@LUSHSUX」と書かれたステッカーのようなものを見かけ、何の気なしに検索してみた。どうやら有名な海外のライターらしい。すぐに、それ以上の情報を掘るのをやめた(今月発売の『美術手帖』にLUSHSUXのインタビューが載っているが、それも敢えて読んでいないほどグラフィティに関する情報を遮断している)。

2017年7月、東京にて撮影。書かれている内容からするとLUSHSUXが2016年に来たときのものだろう

LUSHSUXのステッカー?は別の場所にもあった 2017年7月、東京にて撮影

 というのも、この写真を撮っているうちに、「これは仕事にはできないな」とすぐ気が付いたからだ。言うまでもなく「落書き」はイリーガルな行動。そして、それらを紹介する記事を作ったりしたら、「違法行為を面白おかしく紹介するのか」と批判を浴びることは必至だろう、と考えたのだ。

 それに、そもそも「自分の家にこれをやられたら、めっちゃムカつくだろうな」と思う。今さら「割れ窓理論」を持ち出すまでもなく、すぐに自腹で消さなければ、またやられてしまうだろう。やはり、グラフィティはどう考えても違法行為であり、迷惑行為だ。なのに、バンクシーの作品だと、「高値で売れる」「街の宝だ」と喜ばれたりする。これはいったい何なんだ?

 まぁ、いいや。とりあえず写真の練習にもなるし、趣味の街歩きをするときに撮ることにするか。趣味ならば情報を詰め込むこともない。逆にいろいろ知りすぎると、この後も撮影していくことが「確認作業」になってしまうような気がする……。ということで、「秘めたる趣味」として、落書きやステッカーの写真を撮り続ける日が続いた。

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あれ? このステッカー、イタリアでも写真を撮ってるぞ

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