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スナックで働く人間の悲しい性。オフの日に訪れたバーで…

第十六夜 お客でいたいがいられねぇ

 その日は店休日だったので、映画館でホラー映画を観た後、本屋へ行って怪しげな本をしこたま購入して、せっかくなので軽く飲んで帰ろうと行きつけのバーへ寄った。地下への階段を下りて真っ黒な扉を開けると、薄暗い店内にはまだ客は一人しかおらず、カウンターのど真ん中に腰掛けた見かけない顔のジイサンが、一体何時から飲んでんだという出来上がり具合で、一生懸命呂律の回らない口調でママを口説いていた。 「おれぁ、恋がしたいんらよ!」  瞬時に、面倒くせぇ客だと悟る。わたしはジイサンから三つ離れた席に座った。ママはジイサンとの会話を中断して、安堵した表情でわたしの前に立った。 「珍しいねぇこんな時間に。良かった~! 何飲む?」  レモンリキュール、ソーダ割で。激薄で。一応休刊日(の予定)なんで。ていうか今、「良かった~」って言ったな? 言いましたね? わたしはオフなんだから何もせんぞ。ましてや面倒くさいジイサンの話相手なんて真っ平……真っ平。そう心に決めて水槽の熱帯魚を眺めながら煙草をふかしていると、ソーダ割とお通しのドライフルーツがスムーズに運ばれてくる。一口飲むと体内が総力上げてアルコールを吸収しようとしているのがわかる。嗚呼。 「おれぁ、おれぁ、恋がしたいんらよ!なぁ!」  壊れたラジオのようにジイサンが繰り返し喚いている。 「何かお飲み物作りましょうか?」  耄碌した主張には一切リアクションせずに、ママはもう一口だって飲めなそうなジイサンに悪魔のような笑みで酒を勧める。 「いらねぇよンなもん。おれぁ恋が……」 「すればいいじゃないですか」  ママは顔に笑みを張り付けたまま、ジイサンをぶった切り、くるりと背を向けた。強い。 「みてみて~!この間パクチーバルに行ってきたんだよ~」  ジイサンはフルシカトで、無邪気に山盛りのパクチーサラダの写真等を見せられたので、わたしも正月の暴飲暴食の記録などを披露して、しばらくは二人で女子っぽい会話を楽しんだ。その間、ジイサンはずっとぼやいている。ぶっちゃけ気になって仕方ない。その上、要らぬすまなさのようなものまで沸いてきてしまう。
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結局、ジイサンの相手をするわたし
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