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中年男のハゲ自虐、どこまでツッこんでも許されるのか?

粒アンコイラスト

第三十九夜 中年寄れば文殊も病

 飲み屋で中年男が数人集まれば、始まるのはだいたい下ネタか自分の身体の話になってくる。あまり親しくない者同士だと取っ付きやすさと無難さから下ネタになりがちで、顔見知りや親しい常連同士であるほど、血圧だの尿酸値だの髪の毛だの、生活習慣に基づいたデリケートな話になりがちだ。と今日まで見てきた限りでは思っている。中でもひときわデリケートなのはやはり髪の毛の話題であることはまず間違いない。 「ハゲ」。これほどひやひやする言葉が他にあるだろうか?  そりゃどんな言葉でもそうだけど、このたった二文字が地雷になりかねない。  同じ二文字なら「馬鹿」とか「死ね」とか「カス」とか「ザコ」とかいろんな罵倒があるけど、これらは飲み屋の場合たいてい笑って流されるか乱闘になるかのどちらかなのでわかりやすい。「ハゲ」の場合はそうもいかない。この二文字が吐かれた瞬間、それまで横柄な態度だった人間が、そのままの強気でブチ切れたり、あからさまにしょんぼりしたり、豪快に笑って即席コメディアンになったり、半笑いで目を泳がせたり、完全に聞こえないフリをしたりと実にバリエーションに富んだリアクションを取ることになる。  逆に言えば、「ハゲ」という一言で、その人の「ハゲ」にたいするスタンスというか心持ちがわかってしまうのである。それに付随して、その場にいる人間の親しさの度合いやポジション取りに至るまでのあらゆる情報を伝える役割を担っている呪いにも似た言葉だ。

ジャムおじさん自ら切り出してきた

「みてみて! 俺の毛! だいぶ生えてきたと思わない!?」  扉を開けて入ってくるなり、ゴミちゃんはカウンター越しに頭頂部を突き出した。  彼の髪型はほとんど坊主に近いのだけど、伸ばすとたぶんジャムおじさんみたいな感じのシルエットになる。わたしは眼前に迫る彼の頭頂部を二秒くらい眺めた。  細い毛がまばらにぱやぱやと生えている。生えたと言われれば生えたのかもしれないし、前からこんな感じだったといえばこんな感じだったかもしれない。ぶっちゃけしょっちゅう見ているとあまり差がわからない。わからないのでそのまま言った。 「え。わからん」  ゴミちゃんは外国人が「Oh my god!」って言う時みたいに、両手を頭に当てて大袈裟にのけ反った。 「ユッキー!! ダメだよぉ~いいお嫁さんだったらそこは『ほんとだぁ~良かったわね~』って言ってくれるところだよぉ~。生えたねって言ってよぉ~」 「お嫁さんではないし、男は甘やかさないって決めてんだよ」  煙草をもみ消しながら言って、酒とお通しの準備に取り掛かる。 「ひでぇ~!優しさのない女だ!」  ゴミちゃんはぶすくれた顔をつくってみせて、ようやく上着を脱いで飲み支度を始めた。  今までにも幾度となく繰り返されたやりとりだが、まぁこんな風ににべもなく一蹴できるのも、ゴミちゃんとの四年以上の付き合いがあってのことだし、彼が自分のヘア~スタイルをネタにしている人間だと承知しているからできることでもある。付き合いの短い人や気にしている人が相手だったら、それこそゴミちゃんの言ったように「ホントだぁ~!」とワントーン高い声を上げていたことだろう。気にしている人は彼のようにわざわざ自らの頭髪の話題に触れるようなことはしないけども。 「俺ねぇ~、今までいろんなハゲ薬試したけど、ついにアレに手を出しちゃったよ」 「アレ?」 「ニュー●」  ゴミちゃんが口にしたのは、今絶賛話題の育毛剤の名前だった。
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期待の育毛剤に色めきたつオヤジたち
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