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スナックで働く人間の悲しい性。オフの日に訪れたバーで…

自由奔放な「100%客」

   対照的に、酒がすべてのゴミちゃん(第十一夜参照)は100%客側の人間だ。この“100%客”という言い方、上手く伝わるかわかんないんですけど、この表現しかできないし、これがベストな表現な気もしている。ゴミちゃんは、基本的に楽しくて良い奴なんだけども、あまりにもこちら側の状況を察することができないので、おまけに子供じみた性格をしているので、ちょっとしたことですぐ拗ねる。  この間、いっぺんに五人お客が入ってきた時に、「『てんとう虫のサンバ』一緒に歌おう」などと悠長なことを言ってきたので、「ごめん。あとでね~」と言ったら、「俺の相手をしてくれない」と拗ね始めた。相手をしないのではなくて、相手をできる状況でないのをわかってほしい。これから五人分のお酒を作って、五人分のお通し、それからおしぼりやら灰皿やらを並べなければならない。とてもサンバに合わせて踊り出している場合ではないのである。そんなことを察してくれないのはいつものことなのだけど、しまいには私の目の前に座っていたお客に謎の文句を付け始めたので、わたしはゴミちゃんを叱った。  スナックという空間、そこにいる人々がひとつのコミュニティの体を為している限り、調和を乱すようなことはしないでほしい。お客だからといって好き勝手して良いわけではない。なんて、そんなことを酔っぱらっている彼に説いても理解できるはずもなく、ゴミちゃんはしばらくの間「俺は嫌われた……俺は嫌われた」と大袈裟にぼやいていた。あと十数年経ったら、どんなに手に余るジイサン客になってしまうのかと思うと彼の行く末が不安にならないでもない。  一時間ぐらい経って、いい加減面倒になったので、 「楽しく飲もうよ!仲直りだよ!」  と言って乾杯した。言いながら、何が仲直りなのかよくわからんな、とも思ったし、店の調和云々を求めるのもお客に期待し過ぎなのかもしれない、とも思った。しょうがない。ゴミちゃんは飲み屋の人でもない、普通の、よくわからない仕事をやっている、純度100%お客なのだから。  乾杯をした途端、ゴミちゃんはあっという間に上機嫌になって、「やっぱりユッキーは俺のことが好きなんだなぁ」と言いながら、フードの注文が三品入っているにもかかわらず、『てんとう虫のサンバ』と『それぞれの原宿』と二曲連チャンでデュエットを勝手に入れた。  わたしが再びキレたのはいうまでもない。〈イラスト/粒アンコ〉
(おおたにゆきな)福島県出身。第三回『幽』怪談実話コンテストにて優秀賞入選。実話怪談を中心にライターとして活動。お酒と夜の街を愛するスナック勤務。時々怖い話を語ったりもする。ツイッターアカウントは @yukina_otani
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