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田中角栄「日本列島改造論」のきっかけになった一言とは?

いまの仕事楽しい?……ビジネスだけで成功しても不満が残る。自己啓発を延々と学ぶだけでは現実が変わらない。自分も満足して他人にも喜ばれる仕事をつくる「魂が燃えるメモ」とは何か? そのヒントをつづる連載第163回 決断 田中角栄という昭和の政治家がいます。膨大な知識と徹底した実行力から「コンピューター付きブルドーザー」と呼ばれ、高等小学校卒という学歴にも関わらず、54歳で首相の座についた人物です。  角栄は周囲から「土方代議士」と揶揄されていました。道路や河川、港湾といった土木事業を重視していたからです。角栄本人もそれを否定せず、「土方代議士」であることを認めていました。世間の評価とは裏腹に、土方を肯定的にとらえていたのです。  角栄は高等小学校を卒業したあと、不景気に喘ぐ家族のために、県が始めた「救農土木工事」に志願しました。その工事現場で、『おもしろいじいさん』と評する人物に出会います。  その『おもしろいじいさん』は「土方、土方というが、土方はいちばんでかい芸術家だ。パナマ運河で太平洋と大西洋をつないだり、スエズ運河で地中海とインド洋を結んだのもみな土方だ。土方は地球の彫刻家だ」と田中角栄に話したそうです。  早野透『田中角栄 戦後日本の悲しき自画像』(中央公論社)では、このエピソードを紹介し、『15歳のときの「おもしろいじいさん」との出会いがあればこそ、角栄は終生、「土方代議士」だったのかもしれない」とまとめています。  行動の背景には常に人物の影響があります。「田中角栄はこの老人との出会いによって土方代議士になった」と言ったら、それは言い過ぎかもしれません。しかし、「まったく関係ない」と言ったら、それもまた言い過ぎです。こうした「ゼロ」とも「イチ」とも言えない、間接的な原因を「遠因」と言います。  人生はこの「遠因」の連続です。ふとした瞬間の、誰かの些細な一言で、心が動かされる。その積み重ねによって、人生はできています。そして、その些細な一言をいくつももたらす人間関係こそ、運命の正体です。
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複数の人物の影響が一人の心中で結びつく
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