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<純烈物語>194cmの“進撃のマネジャー”、男・四十にして「純烈とやらなあかん」と転職した理由<第42回>

純烈山本氏

純烈のステージにも登場する「名物マネジャー」山本浩光氏(右から2番目)

<第42回>194cmの“進撃のマネジャー”山本浩光。男・四十にして「純烈とやらなあかん」

 純烈のメンバーと、その家族よりも長く時間を共有してきたのがマネジャーの山本浩光(46歳)であるのは言うまでもない。194cmの長身と「進撃の巨人ばりの強面」(酒井一圭)はそれだけで名刺代わりとなり、人柄もキャラ立ちすることからツイッターやブログのネタとして登場し、ファンにも認知されている。  高校時代は山口県の名門・宇部商業に在籍し、3年夏に4番ファーストで甲子園へ出場するという輝かしい実績を残している人物が、何ゆえムード歌謡グループのマネジャーとなったのか。これは連載をスタートさせた時点で大いに興味があることだった。  加えて、直接的なやりとりや酒井からエピソードを聞くたびにその“熱血幻想”が上昇していった。なので「タイミングを見てメンバーだけでなく山本さんのお話もお聞きしたいと思いますので」とそれとなく振っていたのだが、そう切り出すたびに「いやいや、自分なんてそんな語るようなことはございません」と、2m級の奥ゆかしさをいかんなく発揮。  もっと自分のキャラクターを前面に出してもいいのにと思う一方、本人の「メンバーを差し置いては……」との姿勢も伝わってくる。  そんな人間味が、純烈を語る上で必要なピースになるとの確信からこちらも諦めずに掛け合ったところ、山は動いた――。  それまでの経歴はのちに触れるとして、純烈との出逢いは2014年にさかのぼる。当時、山本は大阪ミナミ・八幡筋の玉屋町にあった飲食店の店長を務めていた。  そこを純烈の所属事務所「G-STAR.PRO」の社長がよく利用していた。馴染みの客となる中で、ある日「君、芸能の仕事向いているよ。東京に出てきてやってみないか?」と誘われる。  芸能の仕事と言われても何をするのか想像もつかず、興味を抱いたことも一度たりとてない。やんわりと断っていたが、大阪へ来るたびにその話を持ち出された。  春先に話を切り出されてから半年ほどが経っていた。熱心な誘いに心もだんだん揺らぎ「わかりました。そこまで言うてくださるなら、一回考えさせてください」と返した。  これも何かのチャンスなのかもと思った山本は、妻に話を切り出す。承諾されるも、すぐに「ただし……」が追いかけてきた。 「ウチの嫁さんは高校時代の同級生で、僕が34歳で大阪に呼び寄せて結婚したんです。知らない土地で身内も友達もいない中、いろいろ苦労して子どもも育てて、相談できるママ友もできてちょうどいい環境が整った時期で。  だから『お父さんがやりたいならやった方がいいし、頑張ってと思うけど成功するかどうかわからない中で今の生活を捨てて東京にはついていけない』と言われました。ごもっともやし、嫁さんのことを冷たいとも思わなかった。それで東京には単身赴任することにしたんです」  男・山本浩光、四十にして愛する家族のもとを離れ芸能界へと身を投じる――といっても、誘われた時点では具体的に何をやるかという話は出ていなかった。  スタートからの1年間はいわゆる雑用。所属タレントの運転手や、映画製作の場では食事を作るケータリング係などなんでもやった。四十代からの下働きは、普通に考えれば精神的に辛いとなるが、自分よりも若い人間にやいのやいの言われるような環境でも苦としなかった。 「わからないことをわかりませんということが恥ずかしくないし、逆にわからないままずっと知ったかぶりする方がシンドいやないですか。わからないんだったら頭を下げるのが当たり前やし、年上だといって偉そうにしたところで何も得なんてないんですから」  芸能事務所の社員というよりも、付け人のような仕事にも慣れてきた頃、社長から一枚のDVDを渡される。「今度、ウチに純烈っていうグループが移籍してくる。そのマネジャーをやってくれ」の命とともに。  ようやく芸能界の仕事らしいものが回ってきたわけだが、当然ながら音楽に関しては何一つ知識もなければ、そもそもマネジャーがどんな職種なのかもわからない。とりあえず、渡されたDVDを見てみた。
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純烈の第一印象は「これ……こんなに歌ヘタでいいんか?」
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