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<純烈物語>作家が喜んだのは「紅白出場曲への約束」よりも「頑張り」<第49回>

純烈NHKホール

<第49回>「紅白に出られる曲を」という約束を果たせたことよりも幸耕平が喜んだのは純烈の頑張り

 今回の取材で何よりも幸耕平先生(以下敬称略)に聞いてみたかったのは、純烈サイドから「紅白に出られる曲を作ってください」とのオーダーを受け、実現するまでの心中だった。何度も書くが、常識的に考えればとてつもないプレッシャーであり、だからこそ実現した時の思いは本人にしかわからない。 「確かに、僕の中では大勝負でしたね。右か左か、つまりは紅白に出られるか出られないかの二択しかないというね。でも、絶対に10万枚売れる自信があったな。確証とまではいかずとも、なんとなくの自信ですよ。  たとえば市川由紀乃は紅白に出るまで3年かかったけど、田川寿美は1年目で紅白に出られた。今のこの人なら、こういう唄を歌ってこういうことをやったらいけるという、なんとなくの感覚はつかんでいるんで、そういうのが占い師じゃないけど降りてくるんです」  幸は歌の指導もおこなっており市川由紀乃、田川寿美は愛弟子にあたる。もちろん白川裕二郎も時間があれば……いや、どんなに忙しくともレッスンを受けるためにやってくる。 『好きになった人』や『あんこ椿は恋の花』など都はるみのヒット曲で知られる作曲家・市川昭介門下としてデビューした由紀乃は、師の没後に「歌を教えてください」と幸のもとへ来た。それから3年後となる2016年に『心かさねて』で紅白歌合戦初出場を果たす。  また田川はすでに紅白を3度経験していたが、2002年に『女人高野』で4年ぶりの出場。いずれも幸作曲による作品だった。唄を指導するだけでなく、教え子のためにヒット曲を書く。それを年間シングル6枚ほどのペースでやってきた。 「市川と田川に竹島宏と、だいたい僕の弟子みたいなのが5~6人いる。あとは弟子じゃないけど僕が作曲家になるきっかけを作ってくれた大月みやこさんのために、2年に1曲ぐらい書いているんですけど、それ以外はやらないようにしてきた。そんなにたくさん面倒を見られないですよ。なので純烈のオーダーを受けたのはイレギュラーだったんだけど……歌ってアイデアなんですよ。作曲家もアイデアでやっている。  だってパターンがいっぱいあって、その中からどのパターンを選ぶかはその人のセンスじゃないですか。そのセンスっていうのは、その人が過去にやってきた音楽とかいろんなもので養われていく。酒井君が『幸さん、どんなものでも歌いますから!』って言っていたんで、それならばこちらのセンスに任せてもらえるからやってみようとなったんです」

「たぶん、紅白に出られるよ」

 育てた弟子たちを見てきたからこそつかめる感触と、豊富な音楽的見識及び理論に基づいたセンスが自信の根源だった。『プロポーズ』を書き終えて酒井一圭に手渡した時、幸は「たぶん、紅白に出られるよ」の言葉を添えたのだという。  その瞬間に酒井が浮かべたであろう喜びの表情は、容易に想像できる。じっさいに紅白曲をいくつも生み出している人物からこのようなことを言われたら、とてつもない自信となったはずだ。  出られなかったら空手形となってしまい、思いつきで言えるようなメッセージではない。まだレコーディングに入る前の段階で、幸の頭の中にはNHKホールのステージで『プロポーズ』を歌う純烈の姿ができあがっていたのだ。  一年に何曲と決めている中で、それまで弟子ではなかったグループが入ってきた。突っぱねようとすればできたはずだが以前から話には出ていたし、何より「今は届かないところにいこうとして届かないでいるけど、自分が書けばそこを抜けられるはず」という思いが動機となった。  話を聞くうちに“プレッシャー”などというありきたりな言葉を投げたことが恥ずかしくなった。自身の手柄をひけらかす素振りは微塵も見られず、実証に基づいた戦略を落ち着いた表情で語る歌謡界の大御所は、そうした一般論とは次元の違う存在だと理解できたからだ。  これも凡庸な考えとなってしまうのだが、紅白に出られる曲を依頼されてそれを達成したのであればもっと誇っていいはず。にもかかわらず、純烈の初出場が決まった時の気持ちを聞くと、幸はこう言った。 「紅白に出られると伝えたあとに、こう続けたんです。『だから頑張ってよ』って。うん、彼らはすごく頑張りましたよ」  それまでほとんど表情を変えることなく理路整然と話していた幸が、初めて満足げな笑みを浮かべた瞬間だった。自分が大きな約束を果たせたことよりも、頑張れと純烈に託して本当に頑張ってくれた方が何倍も嬉しかったようだ。  幸耕平とは、そういう人物である。  シンガーソングライターや多くのロックアーティストのように、幸は作詞、あるいは作曲したものを自身のナンバーとして演奏したり歌ったりはしない。つまり、自分で産んだ子を他者に預けることとなる。そこは大切に育んでほしいと望むのが当然だろう。  以前はバンドを組んでいたものの、オーディエンスの前で歌い、演奏することで得られる快感やエクスタシーとは離れた立ち位置にいる。そこに、達成感はあるのだろうか。
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「歌がヘタな人には歌わせたくない」
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