エンタメ

<純烈物語>無観客ライブでも熱い。見えないファンと握手して回った純烈の想い<第53回>

純烈大江戸1

<第53回>エアを超えた表現力による無観客ラウンド。そこに在ったのは手を握り返す歓喜の力

 新型コロナウイルスの影響により、それまで当たり前のようにあったスポーツやエンターテインメントといった大衆娯楽が、目の前から消えた。プロ野球、大相撲、Jリーグに映画、演劇、音楽のコンサート……そうした中で、クラスターを避けるべくおこなわれたのが無観客によるライブだった。  ジャンルとして止まってはいられないから、たとえイベント収益が見込めずともやれることをやる。それらのコンテンツを発信し、今は会えなくとも収束後に向けて動いている姿勢を提示する。  プロレス界では4月7日に緊急事態宣言が発令されるよりも前となる3月下旬から、コロナ対策を施した上で無観客試合がおこなわれてきた。最初に現場で取材した時はオーディエンスのリアクションがない空間、普段なら歓声にかき消されて聞こえないマットのきしむ音、より痛みを感じる技の衝撃音などに戸惑いと発見があったものだった。  見る側がそうなのだから、プロレスラーがより違和感を覚えたのは容易に想像できる。そうした中で、ほとんどの選手たちが入場時や試合中に無人の客席へ向かい、普段通りにアピールしていた。  ある者は観客やカメラの向こう側にいる視聴者を想定して、またある者は無意識のうちにリアクションを要求する。違ったシチュエーションだからと変えるよりも、体に染みついたリズムで動作した方がやりやすいようなのだ。  酒井一圭から無観客ライブでもラウンドをやると聞いた時は、それを思い起こした。100席用意されたイスに誰も座っていなくとも、純烈なりの表現手段でファンとのふれあいを描くはずだと。  そしてその表現力は、無観客というシチュエーションだからこそ発揮されるもの。やるまでは想像できないとしつつも、自分たちが無策だったらこうした形は採らなかったはずだ。  3月29日、プロレスリング・ノアの無観客大会で潮崎豪と藤田和之が、開始のゴングから30分以上も一切組み合わずにニラミ合い続けた。通常の試合でこのようなことをやったら、5分で「早くやれよ!」などと野次が飛んだだろう。  そうした第三者の目を気にすることのないシチュエーションだからこそ、両者は相手の指先や目の動きまで見えるほどに神経を集中させることができた。  その結果、これまで誰も体験しなかった独特の緊迫感が場内を包み込んだ。その場にいた誰もが、声を出すことさえはばかられた。  いつ、どのタイミングでどちらが先に動くのか。一瞬でも気を抜いたらそのスキを突かれる状態のまま、30分以上もその場に立ち続けるのがいかに難しいかやってみればわかる。  このように、無観客だから生み出せることもある。試合は57分54秒にも及び、コロナ禍の中でプロレスというジャンルが見せた一つの形として、語り草となっている。
次のページ
無人の客席に「純烈ライブへようこそ!」
1
2
3
Cxenseレコメンドウィジェット
ハッシュタグ
おすすめ記事