更新日:2020年08月23日 11:53
ライフ

工業都市・鹿島のラブホは火力発電所の傍らで物憂げに佇む/古谷経衡

『うる星やつら』友引高校然とした外観

 ホテルK&K鹿島は堂々洋館風の作りになっている。高橋留美子原作『うる星やつら』の舞台である友引高校の外観によく似ていなくはない。午後7時の宿泊開始を見計らって門戸を叩くと、駐車場の入りは疎らであった。平日だったのでこの程度であろう。  二階の室に入ると、やはり地方のラブホだけあって広い。宿泊代金も5000円台と納得できるものである。室内はロフトになっており、ロフト部分にも狭隘な空間があったが、独りなのでここを使うこともあるまい。フロント9番に電話してグレープフルーツチューハイを二つやる。  都心のラブホにはすでに常設施設となって久しいVOD(ビデオオンデマンド)は無かった。本当はここで映画でも流しながら原稿作業と行きたかったのだが、そうはいかないらしい。むろん館内Wifiというものもない。仕方なく地上波を付ける。またぞろ緊急事態宣言、緊急事態宣言と喧しい。繰り返すがここ茨城は宣言の適応外である。
K&K正門

正門。高橋留美子原作『うる星やつら』の友引高校に似ていなくもない

K&K室内

室内形状はロフト付きになっている

火力発電所

日鉄鹿嶋の火力発電所からの送電につかわれるであろう巨大な鉄塔と高圧線

 この時、私は事態を相当楽観しており、このような特番もまたぞろ「敵の謀略放送だ」ぐらいにしか思わなかった。まさかこれによって街から人が消え、飲食店は全面休業し、街から人が居なくなるとは予想だにしなかったのである。  このような異変の端緒を鹿嶋で迎えた私は、このK&K鹿島が結構気に入ってしまった。というより、鹿嶋という街自体、結構お気に入りになってしまったのである。まず都心からのアクセスが良い。私の住む松戸市から片道1時間強。鹿島臨海工業地域の膨大な雇用員の需要により街には活気がある。常磐線で東京に一直線でアクセス至便な茨城県南部地域(取手、牛久、龍ヶ崎、稲敷等)よりもむしろ栄えている印象すらある。さらには成田空港へのアクセスは都心からよりももっと良い。  海に面しているので車を走らせればすぐ浜焼きの店で鮮魚にありつくことができる。いわゆる「夜の街」も小規模ながら健在の印象を受けた。3.11以降、火力発電の重要性(安全性)が見直され、火力エネルギーは日本にとってなくてはならないものになっている。中国からの製造ラインの他国移転や国内回帰現象はますます進んでいるが、ここ鹿嶋もその恩恵に小なりとはいえ預かることになろう。  コロナ禍でリモート勤務が叫ばれ、地方移住も選択肢の一つといわれ始めた。まず第一に関東圏なら私は栃木県の県都である宇都宮を推すが、第二希望であればこの鹿島がちょうどよい。車があれば何の不便もないし、都心に出るのも苦労しない。鹿嶋の未来を夢見ながら惰眠を貪ると、チェックアウト時間を過ぎており延長料金は500円だった。都心のラブホは延長15分で500円などとシビアだが、ここでは延長30分で500円である。こちらの配慮も嬉しいところだ。
(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数
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