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ラブホ不毛地帯・京成立石の下町情緒が再開発で失われつつある/文筆家・古谷経衡

第31回 立石にラブホは無い

京成立石

再開発が決まっている京成立石北側(筆者撮影)

 東京最東部の葛飾区といえば『こち亀』で有名な亀有を有する伝統的な東京区部における住宅街であり、一般的には下町が多い地域として知られる。昭和さながらの街並みが部分的に保存されている理由は、葛飾区における戦災が比較的少なかったからである。1945年3月10日から本格的に始まる米軍の東京空襲にあって、葛飾の被害は相対的に軽微であったため、戦前からの隘路や狭小地の権利関係が温存されたまま、高度成長を経てそのまま宅地化されたのである。しかしこのような葛飾の風情も、21世紀を過ぎると本格的に変貌するようになる。  千葉県松戸市に隣接する葛飾区金町は、2013年に東京理科大学が葛飾キャンパスを新造したことによりそれまでの下町情緒が一変し、マンションが林立する文教地区に生まれ変わった。この動きは現在、金町より中川を挟んでさらに南西部の立石に及ばんとしている。  京成立石駅周辺は戦前からの地権者が持つ権利関係が整理されないまま、狭小なアパートやマンションが建ち並び、東京都心近傍にありながら珍しいほど昭和レトロな街並みが保存されている。下町マーケットの代表ともいえる仲見世商店街をはじめ、「呑んべ横丁」に代表される小規模な立ち飲み屋やスナックが軒を重ねる。

5年で消えてしまう立石の下町情緒

 自家用車が普及する前の時代の街路が継承されているため、駅中心付近は一方通行が多く、車で入るのも容易ではない。この京成立石は、その駅前に概ね2028年までにタワーマンション、商業施設、そして葛飾区の高層新庁舎が移転建設されることが決定している。京成立石の再開発構想は1990年代から存在したが、主に再開発構想に対し地権者や地元住民の反対が多く、揉めに揉めたために30年近くの時間がかかったのだ。結果、今後5年程度で立石のかつての面影は「ほぼ」消え去る事であろう。  よって多くの人に親しまれた「呑んべ横丁」でも、最後まで残っていた店舗にあっても今夏で全部閉店するようだ。無くなる前に是が非でも行っておきたいということで、私は過日「呑んべ横丁」を訪問したのである。駅北口より徒歩数分どころか数十秒の地点が「呑んべ横丁」である。  勇気を振り絞って一見ながら或るスナックの門戸を叩くと、快く迎え入れてくれ、長居しても2時間程度と思っていたところが、結果深夜4時ごろまで楽しく谷村新司の『三都物語』『昴』『階』『群青』などを熱唱しても、お会計は税込み2,800円というところがオツである。
呑んべ横丁

呑んべ横丁

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立石にラブホがない理由
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(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数

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