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<純烈物語>「本来やるべきことができていない」 小田井涼平はいま葛藤する<第68回>

2020年はなかったことにしたい

「ライブができない中で、それでも芸能活動を続けなあかんからそういうことをやる。けれども、俺らがやることは唄を歌ってファンの人とふれあって、CDを売って紅白を目指す。その本来やるべきことはできていない。それが何をやるにしても引っかかっているんです。2020年という年はマトモな純烈をほとんどやっていない。ということは、2020年は俺の中でなかったことにして、2019年の勢いのまま2021年にいけたらいいなと。  この一年をはさむと、しこりのようなものが残っちゃう気がしてね。仮に来年、通常営業に戻れるとしたら、次にファンと会う時はこういうものを引きずった姿で会わない方がいいという気持ちもあって。ファンの記憶も、2019年の状態で止まっているだろうから、その状態で再開した方がいいっていう考えですよね」  こうした状況でも一年間頑張ってきたと思える方が、精神衛生的にはいいのだろう。しかし、小田井は自身の本音は本音として改変することなく持ち続けてきた。  自分だけではない。LiLiCo夫人と仲のよいお店が、それまでやっていなかったテイクアウトを始めた。買いにいくと「ありがとうございます」と言いながら、ニコニコしているが「その裏を読んじゃうんですよね」。  テイクアウトをやっていなかった店がやっているだけで、それほど大変なのだという現実は否応なくわかる。商店街のおじさん、おばさんたちもみんな笑顔で、それに対し微笑み返すたびに小田井は、みんな同じなんだなとその先にある思いを見てしまうのだ。 「今回は、人の力ではどうにもできない状況なので、さすがにこればかりは“なるべくしてなった”とは思えんかったです。それはあくまでも、天災や災いに巻き込まれない状況でいったら思えることであって。たとえば大地震が起きて自分の家がなくなって、明日の生活もできないという事態になったらなるようにしかならないとは言えなくなる。それに近いことに今、じっさいなっているんですよね」

ドラマ出演も「今だけなんやろうなぁ」

 小田井自身の人生訓が通用しない、コロナ禍という事態。空いた穴を埋めるのに時間がかかるのであれば、それ以外の部分を強固にすればいい。たとえ100%の満足感は得られずとも、たとえば10%が欠けている部分だとしたら今ある90%の濃度をあげるためのことをやる。  YouTubeそのものはやりたいことがあるので、それをクリエイトできる喜びにありつける。本当はもっと時間をかけて、手のこんだ作りにしたいところだが、専属スタッフがいるわけでなく現有の中で製作しているため、ハードルを上げすぎると首を絞めてしまう。  コロナを機にYouTube配信を始めた芸能人、アーティスト、芸人はゴマンといるが、最重要課題は継続。スタートは誰もが力を入れてやるが、そのうちネタに苦しくなり更新頻度が落ちてくる。  純烈の公式チャンネルは、コンスタントに更新できる範ちゅうでやっている。それを見たファンがSNSでレスポンスしてくれるだけで、小田井は嬉しいという。将棋の歩を一マス前に指し出したにすぎずとも、楽しんでもらえることで自分が頑張れる。  また、ステージ活動ができぬなかで受けたドラマ出演もやはりやり甲斐が持てる。ただ、気持ちを入れてやればやるほどその反動で「今だけなんやろうなぁ」との思いも頭をもたげてくる。 「ライブが再開したらなくなっていく仕事ですからね。もちろんスケジュールの都合がつけばできるんですけど、純烈としての活動が本来のものに戻ったらそっちにシフトを戻さなくてはならない。個人ではなく、グループ全体のスケジュールのバランスから無理になってくるって考えると、モチベーションを上げづらくなる。次があるとわかっていれば、よーし!ってなれるじゃないですか。  YouTubeにしてもいずれかは本業をやりながらってなるでしょう。ライブで忙しくなったら更新しないというにはしたくない。だから一生懸命やっているんですけど、それも本当は時間的に大変だけどファンが喜ぶからやるんだっていう思いの中でやる方が、ポジティブなんですよね」
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