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東京都北区赤羽の優良ラブホ。戦時下の逞しい市民に思いを馳せる/文筆家・古谷経衡

「一番街」に残る復興の足音

 作家・早乙女勝元によると、その要因の大きなひとつとして、3月の下町空襲の惨劇が東京市民に素早く伝わり、「米軍の焼夷弾攻撃に対しては初期消火が不可能であり、火の手が上がったら家財など持たずにすぐ逃げるのが得策である」という民間の知恵が働いていたという。実際、当時の日本には防空法なる法律があり、市民は爆撃による消火活動や延焼防止への協力義務が定められて、違反者には重い罰金があった。  が、日本の敗色濃厚のこの頃には市井の日本人は内心では「お上」のいう事に不信感を抱き、「遵法よりも命が重要」と考えていたことがわかる。「戦中の国民は軍部や政府に騙されていた」というのは一側面で真ではあるが、もう片方では「お上」の通達を内心懐疑し、面従腹背でしたたかに逞しく生存への道を歩もうとする市民の姿があったことを忘れてはならない。  戦災で焼け野が原になった赤羽は、終戦とともにしだいに復興の足音が聞こえてくるが、まず赤羽の市民生活のメッカとして闇市が駅前に跋扈した。この場所こそ、前掲した現在の「一番街」である。高度成長を経て闇市は無くなったが、現在でも旧い雑踏が残る「一番街」は、まさに赤羽という街が経験した戦争の記憶の名残なのであった。
ホテル THE Mooon

高級感溢れる室内

赤羽の非日常感は本物件で色濃く

 さて「ホテル THE Mooon」に話を戻すと、赤羽随一の高級物件とだけあって、ご覧の通り室内調度にもその様子がうかがえる。この写真だとわかりずらいが、バスルームに続く廊下は床がガラス張りになっているという粋な工夫もある。ちなみに、フロントではドリンクバーが飲み放題である。  赤羽という街自体、そこまでラブホの多い街ではない。しかし本物件はまちがいなく赤羽随一の質を誇るラブホであり、「一番街」で深酒しなくとも、アベックなどが何かの記念日で泊まるのにも十分な自信を持ってお勧めできる推薦物件である。逆になまじ歌舞伎町や池袋の中堅ラブホよりも、赤羽逗留の方が「江戸っ子」という見方もある。私の様な「独りラブホ道」を極めたものからすると、いささか勿体ない高級感があるのは否めないとして、赤羽の非日常を経験するためにも、本物件は外せないといえよう。
(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数
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