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母の「百カ日法要」。誰もいない実家で、押し寄せる記憶/鴻上尚史

母の「百カ日法要」。誰もいない実家で、押し寄せる記憶

ドン・キホーテのピアス 鴻上尚史 去年の11月に母親が亡くなりました。  母親の「四十九日法要」は、コロナで難しいんじゃないかという弟の予想で、「百カ日法要」というものにかえてもらいました。  本当は、「お葬式をしたんだから、コロナ禍だし、その後の法要はいいんじゃないかな」と言いそうになったのですが、信心深い親戚の人達を前にして、言葉を飲み込みました。  先週の日曜日、緊急事態宣言の東京から、故郷の愛媛県に戻り、無事、「百カ日法要」をすませました。  母親の骨壺を、永代供養の供養塔に納めました。一昨年の12月に父親が亡くなっていて、供養塔の内部にある、整然と区切られた小さな区画の扉を開けると、父親の骨壺がありました。  母親の骨壺と並べて、扉を閉めました。  お墓を作る必要はない、というのは両親の希望でした。実際に、故郷にお墓を作っても、定期的に掃除・管理に戻れる時間的余裕はないだろうと思っていました。  これで、故郷の実家には誰もいなくなりました。

一人で、誰もいない実家に泊まる

 弟は福岡でテレビ局に勤めています。故郷に戻っても、実家ではなく、駅前のホテルに泊まります。  一度、理由を聞くと、「寒いから」と答えましたが、冬以外も、ホテルに泊まっています。  一人で、誰もいない実家に泊まると、いろんなことが思い出されてきます。  なにせ、18歳で大学で東京に出てくるまでずっと住んだ家です。  両親とも亡くなりましたが、台所にもお風呂にもトイレにもリビングにも、両親の記憶は溢れています。  もちろん、両親だけではなく、自分自身の記憶も染みついています。  勉強部屋に、小学生の自分がいるような気になります。  弟は、きっと、この「濃密な記憶」が嫌なんじゃないかと勝手に想像しています。  台所で「母ちゃん」と言えば「なに?」とひょっこり顔を出してくれるんじゃないかと思えます。  といって、本当に現れたら怖いんじゃないかと、最近、二回目の緊急事態宣言で、夜、『ウォーキング・デッド』にはまって、シーズン7の途中まで見ている僕は少し、ビビります。あ、もちろん、一回目は、『愛の不時着』でした。 「百カ日法要」を終えた夜、弟が集めて台所に積み上げている両親のアルバムを、赤ワインを飲みながらずっと見ていました。
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僕が知らなかった、両親の生きた時間
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