森喜朗の発言に思う「差別と蔑視と偏見」の違いは何か
森喜朗の発言に思う、差別と蔑視と偏見、その違いについて
飯間浩明さんという方がいらっしゃいます。『三省堂国語辞典』の編集者さんです。
言ってみれば、国語のプロです。「了解」という言葉が失礼だといつのまにか思われてしまうようになった昨今に、「了解」そのものはニュートラルで失礼な意味はなく、「いたしました」という丁寧かつへりくだった言葉をつけて「了解いたしました」は日本語として、まっとうな丁寧語である、とツイッターで主張してくれました。
あたしゃ、嬉しかったです。
私は国語のプロではありませんが、「かしこまりました」と「了解いたしました」を比べた時に、表現者の勘として、「かしこまりました」は大げさだよなあと感じます。
若い俳優が「かしこまりました」とラインで返してくるたびに、「お前はどこかの執事か!?」と突っ込みたくなる感覚を持つのです。
でも、マナー講師が書いた本だと、「『了解』という言葉は失礼です」なんて断定してるんですよね。それは「了解」って言葉に失礼だろうと、僕なんか思うんですけどねえ。
差別というのは実害を与えるもの
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