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ダメ、だめ、駄目…「表記の統一」にこだわるのは日本語の自殺と感じます

日本語の自殺? 年々機械化する、表記の統一問題

ドン・キホーテのピアス 鴻上尚史「表記の統一」について、ツイートしたわけです。 「40年も作家をやっていると『表記の統一』がどんどん厳格になっているようで気が滅入ってくる。書く側からすると『ダメ』と『だめ』と『駄目』は全部ニュアンスが違うから、ページで書き分けるのは当たり前なのに、全てを同じにすることが当然のように校正者は思っている。昭和の文豪は不統一が多いのに」  そしたら、あなた、3日間で600万インプレッションがついて、「いいね」が8万ですわ。  自分史上、ナンバー2のバズり方です。  まったく予想外でした。だって、「表記の統一」なんて、じつに専門的だと思ってましたからね。  反応を見ると、「そうですよね!」とか「僕とぼくとボクを全部、同じに直されたうらみは忘れません」とか、賛同するものがたくさんありました。  で、バズると「ケンカ場」になったツイッターですから、お叱りもたくさん受けるわけです。 「校正者は校正するのが仕事で、それをコントロールするのは編集者の仕事だ。校正者は何も悪くない」なんてことです。  確かに、僕が校正者だと「一方的に言ってるんじゃないよ」と思うだろうなあと感じます。  じつは、僕がこのツイートをした時は、編集者は不在でした。出版社の都合によっては、そういうこともあるのです。  けっこう有名な編集者さんが「校正者の役割をまったく分かってない」と怒っていましたが、それは、校正者と編集者が健全に機能した場合です。  なおかつ、この時は、鉛筆書きではなく、赤字で決定事項として、多くの校正がなされていました。
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不統一だからこそ、伝わるニュアンスも
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