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母の「百カ日法要」。誰もいない実家で、押し寄せる記憶/鴻上尚史

僕が知らなかった、両親の生きた時間

 僕が生まれる前の、知らない両親の姿が写っています。  父親はマメにアルバムにメモを書き込んでいます。  親友の名前とか、地名とか、「生まれて初めて受け持った子供達」なんて書き込みもありました。  父親も母親も、戦後の混乱期で、19歳で臨時教員になりました。  授業開始が10月と書かれていますから、すべてが混乱と臨時の時代だったのでしょう。  母親のアルバムは、何のメモもないので、誰が誰か分かりません。なおかつ、若い頃の母親の顔がよく分からず、「これは母ちゃんか?」と思いながら、ずっとアルバムを見ていました。

家も家財道具も処分するしかない

 誰もいなくなってしまった実家なので、家も家財道具も処分するしかないと思っています。  母親が描いたたくさんの絵も、父親が撮り続けたたくさんの写真も、わずかを残して、処分するしかないだろうと思っています。  誰が誰だか分からない写真はどうしようと考えています。  母親とはっきり分かる写真はもちろん、残すつもりなのですが、しかし、この写真もやがて、僕が死ぬ時には、次の世代の子供達には、誰が誰だか分からない写真になるだろうなあと思います。  時間を取って、残すものと処分するもの、形見分けにするものを分けようと思っています。  しかし、時間がかかるだろうなあ、自分の部屋の片づけでも、懐かしいものを見つけると手が止まるんだから、大変だぞおと覚悟しています。  一日、誰もいない実家に一人いると、一気に思い出が押し寄せてきます。  あまりに思いが溢れて、言葉にしたいのですが、まだ言葉にできないのです。
ドン・キホーテ 笑う! (ドン・キホーテのピアス19)

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