ライフ

真冬の深夜に酔って外で眠り、終電をなくしてしまった50代男性の奇行

スーツだけの彼

 目を覚ました彼は体を震わせ、「寒いなあ、寒いなあ」と呟く。そして辺りを見回した。どうやらこの駅に来たのは初めてらしい。 「寒い、寒い」  スーツだけの彼は風がこれ以上入らないようにベンチの上にうずくまる。助けてやりたかったが、この日の僕はウインドブレーカーの下はパジャマだった。  10分ほどすると、入れる店を探し始めたのか、視界から左に消えては戻ってきたり、右に消えては戻ってきたりを繰り返した。何度も何度も首を傾げながら、コンビニすらないこの街を右往左往する。そう、この街には交番すらない。実は、コロナとか関係ないほどに何もない。街というよりは町だ。男の顔に焦りが見え始める。  僕は警備員として極めて感情のなさそうな、彼すら見えていなさそうな素振りをしていたが、横目でずっと見ていた。この空の下、立場は違えど同じ寒波の中を戦う者同士、感じるモノがあった。誰も見ていなくても、僕だけは見届けよう。いざとなったら救急車だって呼んでやれる。まだ僕を人として認識してないかもしれないが、それでも背中を勝手に預かってやろう。警備員とサラリーマン。異色タッグがここに爆誕した。

奇行をはじめる

 3時になった。工事はまだ終わらない。足元が冷え始める。つま先を上げ下げしてなんとか体を温めようと悪あがきを始める。  急に、彼は歌を歌い始めた。Youtubeで尾崎豊を流しながら、輪唱をし始める。イヤホンを持っていない。ここから大分年配であると予想した。いまだ、僕を人として認識していない。体の芯から温める作戦なのだろう。もう右往左往するのはやめていた。これも時短営業の影響かもしれない。  孤独な尾崎の声が田んぼに向かって消えていく。できるだけスーツの中に体を小さく畳んで、風が当たる面積を最小限に抑えながら。選曲はシェリーだった。ここからキャバクラではなくスナックの帰りだろうと推測した。フィリピンパブかもしれない。  30分もしないうちに尾崎のおじさんは歌うのをやめた。15の夜ならもう少し持ったかもしれない。彼がシェリー以外の歌を歌うことはなかった。  歌うのをやめた尾崎のおじさんは段々と壊れ始める。  突然、全力で走り去っていき、また戻ってきた。もうコンビニを探す気配はない。どの店もやっていない月明かりの下で燃焼を目的に走り始めた。寒そうだ。この時点で僕もかなり寒さにやられてしまっていたが、「全力で耐える」枠を尾崎に取られてしまったので、つま先を動かすことしかできなかった。この瞬間、主人公は間違いなく尾崎のおじさんだ。目の前で全力疾走されては、僕も走り出せない。
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雄叫びをあげる
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フィリピンのカジノで1万円が700万円になった経験からカジノにドはまり。その後仕事を辞めて、全財産をかけてカジノに乗り込んだが、そこで大負け。全財産を失い借金まみれに。その後は職を転々としつつ、総額500万円にもなる借金を返す日々。Twitter、noteでカジノですべてを失った経験や、日々のギャンブル遊びについて情報を発信している。 Twitter→@slave_of_girls note→ギャンブル依存症 Youtube→賭博狂の詩

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