エンタメ

「もう終わったな…」炎上が避けられない時代に感じた芸能リポーターの限界

3月26日、22年間お茶の間の朝を彩ってきた『とくダネ!』(フジテレビ系)が終了し、昭和・平成を駆け抜けた「ワイドショー」はひとつの転換点を迎えた。芸能リポーターとして、ときに事件、事故の現場に向かい、人々の喜怒哀楽を伝え、時代の節目に立ち会ってきた者たちも同時に新たなステージに向かおうとしている。芸能リポーターという仕事とは何だったのか? 令和のいま、当事者たちの証言をもとに紐解いていく――。

<大村正樹・最終回>

大村正樹5-1 順調に経験を積み、リポーターとしての自信と手応えをつかんだ。その一方で、自らの発言が基で世間を巻き込む大騒動――いわゆる「炎上」となったこともある。かつては許されたことも、コンプライアンス意識の高まりとともに、従来のやり方では視聴者の共感を得ることができない時代が訪れていた。 「リポーターとしては、年々上手になっているという実感があったし、人にお話を聞くときに、相手が胸襟を開いてお話をしてくださる機会が増えました。でも、それまでのやり方では通用しない時代が訪れていました。かつては頻繁に行われていたご遺族へのインタビューは、現在ではほぼ見なくなりました。視聴者がそれを求めていないからです。“あっ、これはもう時代なんだな……”と思うことが増えていきました」 『冬のソナタ』で空前の「ヨン様ブーム」を巻き起こしたペ・ヨンジュンのファンイベント司会を通じて、彼とは親密な関係を築くことができた。来日するたびに邂逅を重ねることで、「自分もそろそろ一流の人と対峙してもいい年齢になったのかな」と自負していた。しかし、その一方では「炎上」の当事者となることも増えていく。  高畑淳子の一件では、前の晩から念入りに準備して、あえて「性癖」という言葉を選択した。セクシャルな意味ではなく、彼自身の「性質」を尋ねるべく選択した言葉だった。Wikipediaを見ればその意味について、「人間の心理、行動上に現出する癖や偏り、傾向、性格のことである」とあり、続けて「近年では性的嗜好・性的指向を指すなど、セクシャルな意味で使われる誤用が多い」と書かれている。  誤用なのだ。それにも関わらず、世間は「性癖」という言葉を「性的嗜好」と誤解して大村をバッシングした。この点について、大村の言葉はシンプルだ。 「誤解であろうと何であろうと、《性癖》という言葉を選んで、いろいろなご批判を受けたのは事実ですから、僕の言葉選びが間違っていただけです……」

刺さる質問をすれば、刺さる答えが返ってくる

 いくら、細心の注意を払っても「炎上」は避けられない時代となった。従来の方法ではワイドショーのリポーターは務まらないことも肌で痛感している。四半世紀にわたって務めてきた「リポーター」という仕事に対するとまどいや困惑も芽生えてきているのは事実だ。しかし、「それでも……」という思いが大村にはある。 「心が折れる部分はいっぱいありますよ。でも、“自分はこれでやっていくしかないんだ”という思いもあります。僕ができることは何か? それを考えたとき、自分ができることは《ツッコんでいくこと》だと思ったんです。サラリーマン的リポーターには聞けないことをどんどん聞いていく。その思いは変わらず、今でも持っています」  さらに大村は続ける。 「ちゃんと刺さる質問をすれば、刺さる答えを引き出すことができるはず。そうすれば視聴者の方にも納得してもらえるリポートができるんじゃないのか? その思いは強く持っています。高畑さんの一件では、《性癖》という言葉を使ったことで大きな騒動になってしまいました。言葉選びのミスはしてしまったけれど、まだ自分の感覚の衰えは感じていません。たとえ大御所であっても、聞くべきことはきちんと聞く。その姿勢は忘れたくありません」  自身の思惑とは別に、大学時代の恩師である法政大学・稲増龍夫の導きによって放送業界に身を投じることになった。リポーターになったのも、ひょんなきっかけだった。しかし、すでに四半世紀以上もの長い時間、大村はリポーターとして活動を続けてきた。気がつけば、彼なりの職業観、プロ意識を宿すことになっていた。  しかし、一度ついた「炎上」のイメージは、そう簡単に払拭することはできなかった。2020(令和2)年12月、アンジャッシュ・渡部建の記者会見が行われた。不倫騒動によって自粛を余儀なくされていた渡部が、久しぶりに公の場に登場する。マスコミ各社はもちろん、世間も注目する会見だった。 「会見当日まで、僕が現場に行く予定でした。でも直前になって行くことができなくなりました……」  会見当日、突然のスケジュール変更。一体、そこにはどんな理由があったのだろうか?
次のページ
「もう終わったな……」
1
2
3
Cxenseレコメンドウィジェット
おすすめ記事