「お前のリポートには心がこもっていない」大村正樹の仕事観を変えた大震災
―[職業・芸能リポーター]―
3月26日、22年間お茶の間の朝を彩ってきた『とくダネ!』(フジテレビ系)が終了した。芸能リポーターとして、ときに事件、事故の現場に向かい、人々の喜怒哀楽を伝え、時代の節目に立ち会ってきた者たちが新たなステージを迎えようとしている。芸能リポーターという仕事とは何だったのか? 令和のいま、当事者たちの証言をもとに紐解いていく――。
<大村正樹・第2回>
転機となった1995年1月17日――。
旅行業界への憧れを抱いたまま、師の勧めに従い放送業界へ足を踏み入れた。32社目の就職活動の末に、ようやく手にした鹿児島放送のアナウンサー職も、わずか3年で自ら放棄した。気がつけば、フジテレビ『おはよう!ナイスデイ』のリポーターとなっていた。しかし、その仕事は、自分の人生をかけるに値するものなのか、確信を持てぬ日々が続いていた――。
1990年代初頭、当時20代半ばを迎えていた大村正樹の人生は、いまだ定まっていなかった。しかし、リポーターとなって少しずつ仕事を覚え始めていた頃、「一生忘れられない大仕事」となる出来事が起こった。
1995(平成7)年1月17日、午前5時46分52秒――。兵庫県・淡路島北部沖の明石海峡を震源とする大地震が発生した。後に「阪神・淡路大震災」と称される未曽有の大災害だった。このときの一連の災害リポートが、大村の人生を決定づけることとなった。
「埼玉愛犬家連続殺人事件」の関根元を取材していた
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