仕事

オワコン業界から逃げ出した人たちの末路「転職先がどこにもない」

音楽も写真もスマホで事足りる

スマホ 同じように「斜陽業界」からの転職をきっかけに、人生がうまくいきだしたという人は他にも。 「レコードショップを経営しながら、副業でカメラマンもやっていました。しかし、レコードやCDは2010年代に入ってから全く売れなくなり、カメラマンの仕事も減りました。全部スマホで事足りるからですよ」  河内琢己さん(仮名・40代)は転職を決意した。といっても、どこかの会社に入社するのではなく、自らが「発信側」にまわるという決断だった。 「他に売るものもないから、自分で曲をつくって売ろうという感じですね。最初は、誰でも無料で使えるフリー音源のサイトを作って、サイトの広告収入だけで月5万くらい儲かったんですかね。その後、個別に作曲の依頼も来るようになって、イベント会社や映像会社からの仕事も受けられるようになりましたよ」(河内さん)  カメラマンの仕事も、ほとんどレコードに関連するものばかりだったため、レコード店廃業とともに仕事はゼロになったが、YouTubeやSNSを通じて「カメラ撮影のテクニック」を伝える動画を配信したところ、意外な反響があったという。今では「出張教室」を行うまでになった。 「レコードもカメラも確かに斜陽でしたけど、少し見方を変えれば、ニーズはあるんですよね。じつは私の妻も同じです」

自らSNSやブログで発信

 河内さんの妻(30代)も、当時はアパレル販売員だったが、本社が力を入れるのはネット通販ばかりで、実店舗数は減少。そして、妻の店がついに閉店となるタイミングで、遠方にある本社に勤務するか、あるいは退職するかを迫られていたという。 「妻は販売員を辞めてから、嘆いてばかりいました。結局、何がやりたいのか聞いてみると、やっぱり服を売りたいと。それならば、SNSやブログで、自分のいいと思うものを売ればいいじゃない、そんな話を軽くしたんです」  試しに、ファッション系SNSやブログで自身のスタイリングを発表し、着用しているアイテムの解説などを始めると、3か月ほどでそれなりに読まれるようになった。次第に妻の「ファン」も増え、ここぞという場面でのスタイリング依頼を直接受けたり、海外のショップから「アイテムの宣伝をしてほしい」という案件がくるまでになったという。
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「あの時の判断のおかげ」
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新聞、週刊誌、実話誌、テレビなどで経験を積んだ記者。社会問題やニュースの裏側などをネットメディアに寄稿する。

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