「ベイスターズファンの心理は、常勝球団ファンとは違う」チームと苦楽をともにした男たちが語る想い
ベイスターズ元年からチームを支えるスタッフ、生粋のファンから球団広報に……。チームと苦楽を共にした男たちがこの30年の波瀾万丈、そしてその思いを語った。
投打の歯車が狂いだし、苦戦が続いた7月を8勝13敗1分けで何とかしのいだベイスターズ。今季、圧倒的な勝率を誇っていた横浜スタジアムにおいても7月の10試合でチーム本塁打は「0」だった。苦しい状況ではあるがベテランスタッフの話にはどこか余裕を感じた。それはなぜなのか――?
ベイスターズ元年の1993年からチームの通訳となった川島康史(53歳)は、ベイスターズ誕生から今日までの30年を共に歩んできた。
川島のキャリアは学生時代のボールボーイのアルバイトから始まった。幼少期を米国で過ごし、英語を自在に操る川島の存在は、やがて球界きっての名スカウト、牛込惟浩の目に留まり、大学生の身でありながら、新生ベイスターズの通訳となった。
「今でもよく覚えているのは、初めて参加した大学4年の春の宜野湾キャンプで、同い年の谷繁(元信)くんが『何歳ですか?』って敬語で聞いてきたこと。後にも先にもシゲが私に敬語を使ってくれたのはあの時だけでした(笑)」
ベイスターズが優勝した1998年の主力組は、谷繁を中心に石井琢朗、波留敏夫、佐伯貴弘、1学年上の進藤達哉、斎藤隆、野村弘樹らが名を連ねる。川島は続ける。
「私は選手ではありませんが同世代の彼らと一緒に弱かった頃から共に育ってきた、特別な想いはあります」
苦しい状況でもスタッフに余裕を感じる理由
98年の優勝組とともに育ってきた。特別な想いはある
1973年、神奈川県生まれ。日大芸術学部卒業後の1997年、横浜ベイスターズに入社、通訳・広報を担当。'02年・新庄剛志の通訳としてMLBサンフランシスコ・ジャイアンツ、'03年ニューヨーク・メッツと契約。その後は通訳、ライター、実業家と幅広く活動。WBCは4大会連続通訳を担当。今回のWBCもメディア通訳を担当した。著書に『大谷翔平 二刀流』(扶桑社)ほか
記事一覧へ
記事一覧へ
この特集の前回記事
この記者は、他にもこんな記事を書いています
ハッシュタグ