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父からはDV、母からは“菜食主義の強要”…「精神を蝕まれた」アイドルが呪縛から解放されるまで

「匿ってくれた花屋」に警察が…

 壊れていく母親と向き合う生活は、父親のDVに耐える日々とはまた違うベクトルの辛さがあった。 「中学生になっても、『弁当箱に野菜しか入っていない』私に対する周囲の視線は厳しいもの。小さい頃から自分の意見を言うことが怖かった私は、いじめに遭うように……。学校にも次第に行かなくなりました。父がいたころは登校しないとうるさいので、制服に着替えて違う場所で時間を潰していましたね。  家や学校の環境に耐えきれなくて、何回か家出をしたことがあります。ひとりで路地裏に佇んでいると、いろんな大人が声を掛けてきました。いかにも危なそうな人の誘いは断って、ある花屋の夫婦に話を聞いてもらうことにしました。とてもいい人たちで、5日間くらい泊めてもらいました。  ただ、当然捜索願を出されていたので、花屋にも警察が来て、夫婦は未成年者略取の容疑がかかってしまったようです。結局、私が必死になって警察に事実を話し、誤解はとけました。それはよかったのですが、父の暴力の件はうやむやにされて、私は自宅に連れ戻されることになりました」

今は「野菜を見るのも嫌」…長く尾を引いた両親からの影響

 両親からの影響は長く尾を引いた、とふかあい氏は話す。 「今は野菜を見るのも嫌です。逆にジャンクフードや甘いものに依存するようになってしまった時期があって、健康に良くないのはわかっているのに、なかなか止められませんでした。菜食主義を否定はしませんが、自分から望んでやるものであって、巻き込まれてやるものではないなと思います。  また、父の影響だと思いますが、他人の顔色をすぐに伺ってしまう癖はあります。『怒っていたのではないか?』とあとから不安になってずっと考えてしまったり、帰宅後も自分の言動を振り返る時間が多い時期がありましたね」  ふかあい氏の精神は静かに蝕まれていた。 「父に精神科の受診を阻まれていたので正式な診断はなかったのですが、高校時代から気分のアップダウンが激しいのを自覚しました。大学生になり、両親からの制約がなくなったタイミングで受診してみると、やはり躁うつ病でした。おそらく中学校のころに不登校になったときにはもう、精神を病んでいたのかもしれません」
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「まぁいいかな」と思えるようになった今
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ライター、エッセイスト。可視化されにくいマイノリティに寄り添い、活字化することをライフワークとする。『潮』『サンデー毎日』『週刊金曜日』などでも執筆中。Twitter:@kuroshimaaki

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