仕事

“生理の貧困”にタンザニアで立ち向かう28歳の日本人女性。ナプキン工場の資金難や嫌がらせを乗り越えて

中絶か。シングルマザーか

シングルマザー

日本でシングルマザーになった菊池さんと息子さん(菊池さん提供)

日本に帰国したのは、お腹の子どもが12週目の頃。中絶以外の選択肢を考えていなかった菊池さんの心を変えたのは、病院で見たエコー写真だった。おなかの中に宿る命を初めて自分の目で見た時に、「産まない」という固い決意が揺れた。 「父親にも全力で止められました。『シングルマザーになったら生活に苦労する。そんな崖っぷちに向かおうとしている娘を止めない親などいない』と」 産んでも産まなくても後悔があると考えた菊池さん。どちらの後悔なら、残りの人生でも背負って生きていけるだろうかと考えて、産むことを決めた。 「青年海外協力隊という夢は諦めないといけないけれど、夢の先にある志は『国際協力』でした。それなら子どもがいてもできるのでは、と気づいたんです」 親や周りの友達の強い反対を押し切って出産をした菊池さんは、父親であるウィリアムさんをタンザニアに残したまま日本でシングルマザーとなった。 2020年に幼子を抱えたまま、新卒でボーダレス・ジャパンに入社。この会社は、社会問題に取り組む社会起業家を育成し、事業運営の資金サポートも行っている。最初の1年間、現場で経営を学ぶために再生エネルギー供給事業や技能実習生向けの日本語教育事業の立ち上げに関わった。この時に勤務先が福岡となった菊池さんは、この生活で改めてシングルマザーの苦しさを身をもって体験する。神奈川の実家を出て両親のサポートなしで、当時2歳の息子と2人暮らしをスタートさせた菊池さんは、生活に困るほどの経済状態に陥ったこともあった。 目の前の仕事に追われながら、頭のなかにあったのはタンザニアで出会ったシングルマザーのことだった。国の支援制度に頼らざるを得ないほど困窮した時期もあったが、それでも日本でシングルマザーとなった自分の守られた環境は、同じ境遇のタンザニアの女性たちと比べてあまりにもかけ離れていると気づいたのだ。 「日本で出産してシングルマザーになった私は、周りから多くのサポートを得られました。タンザニアの女性にはそれがなかったということを思い出し、シングルマザーのサポートをしたい、と思ったのが今のビジネスのきっかけです」 タンザニア政府による2016年の調査では、38%の世帯が母子家庭であるというデータもある。筆者自身も現在タンザニアに住んでいるが、日々シングルマザーの多さを実感している。子どもの通う幼稚園の先生やママ友達など、タンザニアではシングルマザーをあちこちで見かける。
タンザニア生活

タンザニア生活をしていると、多くのシングルマザーに出会う

「若年妊娠によるシングルマザーを助けたい」という想いが募った菊池さん。その手段として、「生理用品を無料で手にでき、性教育を受けられる状況を作る」という社会的にも影響の大きいビジネスを考え付いた。 世界銀行の2018年の調査によると、タンザニアでは人口の約半分が1日300円以下で生活をしている。そのため、多くの女性は1箱200円近くする生理用品を買えない。古い布切れやティッシュペーパーで代用している女子学生たちは、学校で経血が漏れることを心配し生理中は学校を休むことになる。その結果、授業についていけなくなり退学するケースが多いのだ。 「この世に生まれたその魂を、思いっきり輝かせて生きてほしいんです。どんな女性も、シングルマザーたちも、みんなが自分らしさを取り戻して、いきいきと輝いていくことのお手伝いがしたいんです」

工場稼働から3カ月で資金難に

キバハ

菊池さんがナプキン製造の工場を建てることを決めたキバハの町

2021年に生理用ナプキンの製造・販売のために、Borderless Tanzania Limitedを設立した25歳の菊池さんは、ボーダレス・ジャパンから初期費用として500万円、運営資金として800万円を受け取り、タンザニアに渡った。 菊池さんがナプキンの製造を行う工場は、タンザニアの大都市ダルエスサラームから車で2時間ほど離れた人口26万人の町キバハにある。ここに決めたのにも理由がある。最寄に大きなバスターミナルがあり、商品の配達に便利であること、税制優遇の特別地域であること、そしてサポートしたい若年妊娠女性たちが多く住む地域であることだ。実際に、工場がオープンすると、求人を出す前から2週間で300人以上もの女性が仕事を求めて工場に押し寄せた。 ところが事業は最初から躓いた。新型コロナの影響もありインドの企業から購入した製造機械の到着が9か月遅れたうえに、日本人が経営者というだけで大企業と判断され想定外のライセンス料を請求されたのだ。 取得が必要なライセンスは7つ。その中でも特にひどかったのは、通常25万円のライセンスに対して60万円の請求書が発行されたこと。通常の20倍のライセンス料を請求されたこともある。菊池さんは、会社の規模を理解してもらうために、何度も政府と交渉を重ね、また中小企業団体の組織に加盟するなどして、最終的にトータルで170万円以上あったライセンス料を30万円までおさめることに成功する。
ナプキン製造機械

インドからのナプキン製造機械は9か月遅れで到着した

「様々な手段で嫌がらせをされ、外国人からお金を搾り取ろうとしているのがわかりました。なんとか頑張って資金の管理をするべく耐えたんですが……」 会社の立ち上げから13カ月後の2022年の8月にようやく工場が稼働するも、同年11月には資金が尽きる手前まできていた。そこで日本人向けにクラウドファンディングに挑戦し、550万円を集めて首の皮一枚つながった。
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アイデアで勝負
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民放キー局にて、15年以上にわたりアメリカ政治・世界情勢について取材。2022年にタンザニアに移住しフリーランスとして活動している。著書に『40代からの人生が楽しくなる タンザニアのすごい思考法』がある。X(旧Twitter):@tmk_255
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