仕事

“生理の貧困”にタンザニアで立ち向かう28歳の日本人女性。ナプキン工場の資金難や嫌がらせを乗り越えて

大手と戦わずアイデアで勝負

UHURU

ナプキンの商品名「UHURU」はスワヒリ語で「自由」を意味する

タンザニアのスーパーに行けば、女性の買い物客たちは大手企業の販売する生理用ナプキンをかごに入れている。小さな工場を持つ菊池さんが、生理用ナプキン市場に参入するのは無謀な戦いにも見えるが、実はそこに戦いを挑んではいない。 「同じ土俵で勝負しても資金力で負けます。もちろん、日本の技術(吸水ポリマー)を使った素材なので、商品の質では勝負できます。でも、そこで戦うより、届け方を工夫してパンチをきかせたプロモーションをやっていこうと思っています」 そう話す菊池さんからは、数えきれないほど様々なアイデアがポップコーンのようにポンポンと飛び出してくる。格差の激しいタンザニアにおいて商品にメッセージ性を加えることで、生理の貧困に問題意識を持つ富裕者層のサポートを取りつける方法。男性が女性にナプキンをプレゼントすることが「かっこいい」と思ってもらえるような価値観の変換を狙った発信など。 菊池さんのビジネスモデルもユニークだ。生理用ナプキンが1箱(8枚入り)購入されるごとに1枚のナプキンを地元の女子学生に寄付する。さらに、学校にナプキンを寄付する際には、性教育の授業も一緒に提供するというものだ。
吸収力

ナプキンの吸収力の高さを実験して披露してくれる菊池さん

この性教育を学校に届ける試みも、菊池さんのアイデアマンぶりを示す。宗教的な背景もあり生理の話題がタブーであるタンザニアにおいて「性教育を提供しましょう」という提案は拒否されることが多い。実際に、多くの開発支援系の国際機関はいつも断られていると聞く。しかし、生理用ナプキンの無償提供とセットにすることで、菊池さんの戦略通り、学校に性教育を届けることができているのだ。 「ナプキンの寄付はどこの学校でも本当に喜ばれます。その結果、性教育を届けるという提案も断られたことは一度もないです」 2021年の創業から3年目、これまでにタンザニアの小中学校で21回の性教育を行ってきた。11歳から20歳まで、その数はおよそ3500人に及ぶ。2023年には、売り上げ以外に、工場見学による収益や日本からの寄付もあり、1万5000枚近くのナプキンを寄付することができた。
小中学生たち

小中学生たちにナプキンとともに、性教育も届ける菊池さんのチーム(菊池さん提供)

「シングルマザーだった自身の経験を生かし、日本人がタンザニアでナプキンを販売」というニュースはタンザニア社会でもインパクトがあるようだ。現地のテレビ局からの取材を受けるなどしてタンザニアのメディアも注目している。「あまり目立ってタンザニア政府に目を付けられたくないので、今は、どちらかというと目立たないようにしていますけれど」と苦笑する菊池さん。タンザニアで暮らし始めると同時に、ウィリアムさんとの念願の結婚も果たし、今は6歳となる息子さんを一緒に育てている。

「モアナ」らしい生き方

従業員

手作業でナプキンを折りたたむ従業員の女性たち

好きな言葉は「意思あるところに道は拓ける」。そんな菊池さんには、各政府機関の担当者からの嫌がらせや理不尽な理由による罰金の脅しなど、今も多くの苦難がふりかかる。彼女はなぜ次々と現れるこういった試練を乗り越えながら、タンザニアでの事業を続けるのだろうか。そのエネルギーと原動力の秘密は、彼女の名前に隠されていそうだ。 モアナという名前は、ご両親がハワイ語の「大海」から名づけた。菊池さんは、大学生時代に学校になじめず、うつ状態になったことがあった。落ち込んだ菊池さんを救ってくれたのは、名前の由来であるハワイでの体験だった。心を閉ざしていた彼女は、ハワイで世界中から集まった仲間と出会い、大海のように無限に広がる未知の世界があることを知った。ハワイでの経験は、のちに菊池さんがタンザニアを訪れるきっかけにもなった。 「(タンザニアでのビジネスは)常に大変です。でも、試練を乗り越えるたびに、メンタルが強くなって、肝が据わってくるんです。今も相変わらずめちゃめちゃ大変な状況ではあるんですけど、やるべきことをやるのみです」
工場

取引先とやりとりをする工場の菊池さん

2024年2月には国連人口基金(UNFPA)との連携プロジェクトで、1年間にわたって生理ナプキンを提供することが決まった。毎月6000箱のナプキンを、タンザニア西部のキゴマ難民キャンプの女性たちに届ける予定で、事業の大きな節目となりそうだ。 「ソーシャルインパクト(社会にどれだけの影響を与えるか)という点では、今年は大きな成果が出せる年になると確信しています。今後の事業の展望も、今年どれだけ頑張れるかにかかっています」 とはいえ、問題は尽きない。今年1月にはインドから到着するはずだったナプキンの素材が半年たった今も届いておらず、現在は工場の稼働を一時停止しているのだ。 「こんなことはよくありますよ」といたずらっこのように笑う菊池さんに、へこたれている様子は全く見えない。 創業者であり、ナプキン製造の工場長でもある菊池さんは、タンザニアの女性にナプキンを届けるため、故障寸前の乗用車でデコボコ道を駆け抜けていく。小さい頃からの夢だった国際協力の最前線で、彼女は今日も挑戦を続けている。 <取材・文/堀江知子>
民放キー局にて、15年以上にわたりアメリカ政治・世界情勢について取材。2022年にタンザニアに移住しフリーランスとして活動している。著書に『40代からの人生が楽しくなる タンザニアのすごい思考法』がある。X(旧Twitter):@tmk_255
1
2
3
おすすめ記事
ハッシュタグ