プロレスの“本流”はショートタイツかロングタイツか?――「フミ斎藤のプロレス講座」第27回【後編】

 プロレスの“本流”はショートタイツか、それともロングタイツか? “本流”なんて単語を使うとずいぶん大げさな議論のようになってしまうけれど、かんたんにいえばプロレスラーのリングコスチュームのおはなしである。

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フランク・ゴッチ対ジョージ・ハッケンシュミットの統一世界ヘビー級選手権(1908年4月3日=イリノイ州シカゴ、デクスター・パビリオン)

フランク・ゴッチ対ジョージ・ハッケンシュミットの統一世界ヘビー級選手権(1908年4月3日=イリノイ州シカゴ、デクスター・パビリオン)の別アングルの写真

 NWA世界ヘビー級王座の系譜をみてみると“鉄人”ルー・テーズから“魔術師”パット・オコーナー、“野性児”バディ・ロジャース、“荒法師”ジン・キニスキー、70年代以降ではドリー・ファンクJr、ジャック・ブリスコ、ハーリー・レイスからリック・フレアーまでの歴代チャンピオンはいずれもショートタイツ派。テリー・ファンクも全盛期はショートタイツ派だったが、50代に手が届いてからロングタイツをはくようになった。

 WWWF/WWF/WWE史では“人間発電所”ブルーノ・サンマルチノ、“魔豹”ペドロ・モラレス、“超新星”ボブ・バックランドからハルク・ホーガン、ランディ・サベージ(王者時代)、アルティメット・ウォリアーあたりまでがショートタイツ派だったが、ポスト・ホーガン世代として90年代の主役の座をゲットした“ヒットマン”ブレット・ハートとショーン・マイケルズのふたりは――デザインとカラーに知恵を絞った――ロングタイツ派で、ミレニアムの“アテテュード世代”を代表するスーパースターだった“ストーンコールド”スティーブ・オースチンとザ・ロック(ドウェイン・ジョンソン)はお尻のところに大きな“自分ロゴ”がプリントされた黒のショートタイツを愛用していた。

 日本のリングで不動のメインイベンターとして活躍した外国人選手のスタン・ハンセンとブルーザー・ブロディは、スーパーヘビー級の巨体ながら一貫してショートタイツ派だった。“大巨人”アンドレ・ザ・ジャイアントは全盛期はずっとショートタイツ派だったが、40代からターザン・スタイルのシングレットを使うようになった。

 日本では馬場さん、猪木さんがショートタイツ派だったせいか、馬場さんの弟子のジャンボ鶴田、天龍源一郎、猪木さんの弟子の藤波辰爾、長州力らはいずれもショートタイツ派。同じショートタイツでも馬場・全日本プロレスと猪木・新日本プロレスには根本的なスタイルのちがいようなものがあって、全日本スタイルのショートタイツは“へその上”までの丈で、新日本スタイルのそれは“へその下”まで。新日本プロレス育ちのレスラーではなぜか長州だけが“へその上”までの黒の無地のショートタイツをずっと使っている。

 1972年(昭和47年)の団体創立以来、新日本プロレスのヤングライオンの“制服”はずっと黒の無地のショートタイツと黒の無地のリングシューズで、新日本プロレスから枝分かれしていったUWF系各団体もショートタイツ、ニーパッド、レガースの3点セットを“制服”にしていた。UWF系のショートタイツは蛍光イエロー、蛍光グリーン、蛍光オレンジ、蛍光ピンクといった蛍光カラーが主流だった。

 90年代以降の全日本プロレスの“四天王”世代、新日本プロレスの“闘魂三銃士”世代はショートタイツ派とロングタイツ派が混在していて、“四天王”は三沢光晴と川田利明がロングタイツ派で、小橋建太と田上明がショートタイツ派だった。“三銃士”は海外遠征から帰国後の蝶野正洋と橋本真也(ロングタイツというよりも格闘技スタイルのブーツカット・パンツ)がロングタイツ派で、武藤敬司はnWo路線のときにショートタイツからロングタイツにイメージチェンジを図った。三沢と武藤がロングタイツを身につけるようになった理由は――力道山がそうであったとされているのと同じように――ヒザに大きな切開手術の痕跡が残っているためといわれている。

 いま日本でいちばん人気のあるプロレスラー、新日本プロレスの棚橋弘至と中邑真輔はいずれもロングタイツ派だが、タイツそのものの素材、カラー、模様のパターンなどは従来のプロレスのロングタイツのイメージを超えた“舞台衣装”といっていい。これと同じように、オカダ・カズチカのショートタイツ(ショートスパッツ)もショートタイツというよりはデザイナーズ・トランクスとでも呼ぶべきオリジナルのコスチュームだ。

 棚橋、中邑、オカダの3人がそれぞれ思い思いのデザインのタイツを身につけているのは、いまの新日本プロレスが“アントニオ猪木の新日本プロレス”ではないことの証明。黒の無地のショートタイツと黒の無地のリングシューズの画一的なビジュルアルから離れれていけば離れていくほど、現在進行形の新日本プロレスはもっともっと“新日本プロレスワールドNJPW WORLD”のグローバル・イメージに近づいていくのだろう。

文責/斎藤文彦 イラスト/おはつ

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※このコラムは毎週更新します。次回は、2月25日~26日頃に掲載予定!

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