【荻上チキの短期集中連載】ルポ・遺体安置所が語りかけるもの vol.4 『葛藤』
―[ルポ・遺体安置所が語りかけるもの]―
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◆遺体をめぐるトラブル
手探りが続く中で、遺体管理の業務フローもなんとかできあがっていく。とはいえ、遺体をめぐるトラブルは絶えない。遺体そのものによるトラブルというよりは、遺族とのコミュニケーションの中で、多くの問題が生じてしまう。
「ひとりのご遺体に対して、複数の方が行方不明の届け出を出している場合があります。遺体の身元がわかった場合、届け出を出した方への連絡は、警察からします。この場合、警察も当然、ひとりのご遺体に対して3人、4人へと連絡する。その連絡を受けた人のうちの誰かが、ご遺体を引き取りに来る。私どもも、書類がキチンと揃っていれば、最初に引き取りに来た方にご遺体をお渡ししていたわけです。
ところが、葬祭執行人が誰かによって、弔意金などさまざまな部分がからんでくる。そうしたときに、『私も行方不明の届けを出していた』『なんであっちに遺体を渡したんだ』というようなことが生じます。つまり、遺族間のトラブルです。
これは私どもには事前にわからないんですね。そういう部分の対応は非常に難しい。なので、そうしたケースがあるとわかってからは、慎重に対応するようになりました。
ご遺体の中には、当然ながら環境が複雑な方もいます。純粋にご遺体を引き取りたいんだという部分が先行しているのであればいいんですけど、そうではないような部分も見え隠れすることがある。遺産や親権など、いろんなものが絡みあうんです。そうしたこともあって、いろんな人が手を上げてくる場合もある。
私どもは、早くご遺体を遺族に返したいという気持ちでやっているものの、『そうではない部分』が見え隠れすると、複雑です。安置所まで来られて、『あなたが書類をあの人に渡さなければ、こういうトラブルにならなかった』と怒鳴られる方もいまました。もちろん、遺族の方からすると、『なんでなんだ』という部分があるわけです。業務が効率化されたといっても、こういう部分が出てくると非常にイレギュラーな部分になるので、難しかったですね」
対応に頭を悩ませたケースは数えきれない。例えば警察や職員としては、遺体の取り違えだけは絶対に避けなくてはならない。しかし遺族の中には、「自分の家族だ、間違いない。DNA鑑定の結果なんて待っていられない」という憤りをぶつける者もいる。同じ被災者同士、遺族の気持ちも当然わかる。が、遺体の取り違いだけは避けなくてはならない。苦しい葛藤が、そこに生じる。
「複数の身内を亡くされた方がやってきて、『他の遺体は、すでに火葬もしている。ここに安置されているのが、最後の一人の遺体に間違いない。この遺体を引きとって、来週にみんなで一緒に葬儀をやろうと思っている。早く遺体をもらえないか』、そうおっしゃられるケースもおられました。ところが通常、DNA鑑定は2か月待ちです。到底、来週の葬儀には間に合いません。『鑑定なんて必要ない。自分の家族だ、間違えるはずもない』とおっしゃられる。
また別の方では、お見せすることができる状態ではないご遺体に、『とにかく拝ませてくれ』という方もいました。やはり『私らが言うんだ、間違いない』とおっしゃられるんです。
遺族の思いの強さ、気持ちの強さ。その声を聞くと、たぶん、間違いはないだろうとも思うんです。ただ、やはり『万が一』ということもある。そういう時は、本当に悩みます。
一番困るのは、遺体を取り違えて持っていかれてしまうことなんですね。一旦は納骨したが、やはり違った、何かの拍子で別のご遺体が本当の家族だったというケースもありますから。石巻ではありませんでしたが、他の地域ではありました。数多くのケースがあるので、そういうことも、当然でてくるわけです。
遺族の方の感情も当然わかるんですよ。『この服は当然、うちので間違いなんだ』と。でも極端に言えば、同じ服はいろんなところで売っている。本当に間違いないのか。足のサイズが一緒だと言っても、同じサイズの方もたくさんいる。
また海上の場合、遠くの地域からも遺体は流れ着きます。ここで対応していて一番遠かったのは、岩手・大船渡で被災されて、石巻の海上で発見されたケース。遺族は岩手県警に捜索願を出しているんだけど、石巻は宮城県警。全然見つからなかった。逆に、石巻から流されたご遺体が、静岡や九州に流れ着いたというケースもあります。
そういう状況ですから、『家の近くで発見されたから間違いない』という場合でも、確かではないことがあるんです。外洋に出てしまうと、親潮なり海流に乗って、どこにいっているかわかりませんから。
対象のご遺体が非常に多いので、DNAを合致させる作業にも時間がかかる。今は宮城県だけでなくて、近県をはじめ、関東の県警や科捜研などへもDNAを持っていき、照合していると聞いています。全体数が多いので、すべての判明にはもう少し時間がかかるでしょう」
幸いにして、遺体の「受け取り拒否」などは発生していない。「今は避難所にいるから、すぐには持っていけない」という遺族には柔軟に対応をしている。ただし今後は、無縁仏として、最後まで身元がわからない遺体も出てきてしまうだろう。家族全員が行方不明のために、行方不明の届け出がそもそも出されていない遺体もあるかもしれない。
すべての身元を特定するのが望ましいが、特定できなかった場合はどうするか。共同墓地に収めるのか。しかし、数年たってようやく遺族が名乗りでてくる可能性もある。難しい問題だ。
⇒vol.5 「誓い」へ続く
https://nikkan-spa.jp/89724
※11月15日発売 週刊SPA!本誌『週刊チキーーダ!」では今回の取材後の荻上と飯田の対談も掲載
【荻上チキ】
1981年生まれ。評論家。
メールマガジン『αシノドス』 編集長(http://synodos.jp/)。ニュース探求ラジオ『Dig』 にて水曜パーソナリティを務める(http://www.tbsradio.jp/dig/)。著書に『ウェブ炎上』『社会的な身体』『セックスメディア30年史』『検証 東日本大震災の流言・デマ』など、共著に『ダメ情報の見分けかた―メディアと幸福につきあうために』など、編著に『もうダマされないための「科学」講義』など。BLOG:http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/
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