田中将斗のECファッキンW1泊3日“弾丸ツアー”――フミ斎藤のプロレス読本#123【ECW編エピソード15】
―[フミ斎藤のプロレス読本]―
199×年
日曜の朝から火曜の夕方までがひとまとまりで1作の短編映画みたいになっていた3日間だった。往復の航空券を持たずに成田空港へ向かい、出発カウンターでチケットとボーディング・パスを発券してもらい、着の身着のままでポンッと国際線に乗れちゃう方法があるとは知らなかった。
金曜の午後、ポール・ヘイメンから送られてきたFAXには「チケットはナリタでピックアップ。12時35分発の××18便に乗って」とだけ書かれていた。
田中将斗は、スポーツバッグひとつで機上の人になった。FMWのオフィスはずいぶんあわてていたけれど、田中もあんまり急なおはなしにちょっとばかり驚いた。
そういえば、3カ月まえにECWの主力メンバーがパッケージで日本に来たときにポール・Eから「3月のPPVにはぜひ出場してほしい」とオファーをいただいた。英語が完全にはわからなかったからそのときはふんふんとうなずいておいただけだし、そんな会話があったことだってもうとっくに忘れていた。
ニューヨークのJFK国際空港の到着ロビーでは“FMW-ECW Tanaka”と記された段ボール紙のプラカードを持った人物が田中を待っていてくれるはずだった。
でも、というよりはやっぱり、黒いスーツを着たリムジンのドライバーはそこにはいなかった。飛行機の出発が1時間くらい遅れたから、到着時間も同じくらいのディレーになった。
どこにも電話はかけられないから、どうすることもできない。こんなときは焦らずにのんびりと居眠りでもしながら待つに限る。ぽつんとそこにつっ立っている田中をみて、親切そうな中年の白人男性がなにやら声をかけてくれたけれど、そのおじさんがなにを伝えてくれようとしているのかわからなかった。
あのゼスチャーから判断すると、ポケットのなかにキャッシュをたくさん入れていると危険ですよ、というアドバイスだったのだろう。そのまま30分くらい待つと、向こうのほうから段ボール紙のプラカードを持った男性が歩いてきた。
ニューヨークからニュージャージー州アズベリーパークまでは、ターンパイク(高速)に乗って約1時間半。外の景色をながめながらウトウトしていると、ポール・Eからリムジンに電話が入った。
運転席の男は「ヒー・イズ・ヒアHe is here(彼は到着した)」とかなんとか話している。会場のコンベンション・ホールに着いたのは試合開始45分まえの5時45分だった。トーキョー・タイムだと午前3時45分。まだそれほど時間がたったようには感じなかった。
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