昔、ニューヨークで一文無しになったときのこと/鴻上尚史
― 連載「ドン・キホーテのピアス」<文/鴻上尚史> ―
そんなわけで、サイフを盗まれ一文無しになったロンドンから無事に(?)戻ってきました。
東京は暖かく、それだけで泣きそうでした。
10月下旬のロンドンをなめていました。あまりに寒く、「なんで暖かい東京から、わざわざ寒いロンドンに来たんだろう」と自問していました。あっと言う間に風邪をひいたのが、結果的に集中力低下を招き、スリに気付かなかった原因なのです。
人生でモノを盗まれたのは、これで2回目。2回とも、海外でした。
一度目は、ニューヨーク。
今回、「ロンドンでサイフを盗まれた!」とツイッターで騒いでいたら、何人かのフォロワーさんから「ニューヨークのマック事件以来ですね」という書き込みをもらいました。
覚えてくれているんですね。ありがたいことです。
はい。その昔、ニューヨークに一人旅をしました。
昼飯を食べようと、タイムズ・スクエアにあるマクドナルドに入りました。
ガラス越しに道路に面したカウンター席に座り、ビッグマックを食べていました。
すると、道路側から男が一人、近づいてきました。男は、ニコニコしながらガラスをこんこんと叩いて、僕に何かを話しかけていました。
ガラスを叩く手には、100ドル札が何枚も握られていました。
「なんだろう。なんでこの人は、僕に向かって話しかけてるんだろう」
そう思って、しばらくその男の人を見つめました。
何秒ぐらいでしょう。たぶん、10秒から20秒。ハッとして、椅子の横に置いていたバッグを見ました。
ありませんでした。
すぐに立ち上がって、周りを見ました。店内は混んでいて、たくさんの人がいました。
でも、僕のバッグを持っている人は見つかりませんでした。
ガラス越しに立っていた男もいなくなっていました。
つまりは、連携プレーなのです。外で一人、ガラスをこんこんと叩いて注目させている間に、店内にいる仲間がサッとバッグを奪う。
慌ててお店を飛び出しましたが、誰もいませんでした。
昔、ニューヨークで一文無しになったときのこと
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