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ラブホ不毛地帯の中央線沿線、唯一の希望は阿佐ヶ谷にあった/文筆家・古谷経衡

独りラブホ考現学/第10回

阿佐ヶ谷唯一の希望“Sプリ”

中央線沿線はラブホ空白地帯

 筆者は正直に言って、中央線沿線というのが大嫌いである。なにも、「いかにもサブカル臭を放つ似非インテリっぽい黒メガネの兄ちゃんがバーによく鎮座ましましているから」という理由ではない。  独りラブホテルを極める筆者にとって、中央線沿線、つまり新宿から西に延びる中野、東中野、高円寺、荻窪、西荻窪、阿佐ヶ谷、吉祥寺の各駅あたりは、人口に比して異様にラブホテルが少ない、巨大なラブホ空白地だからである。  だから当該地で何か飲みの席があり、飲酒運転はできぬので該地に宿泊しなければならないとなった場合、新宿や渋谷や五反田や鶯谷では気軽に「独りラブホ」の選択肢があるが、こちらはそういうわけにはいかないのである。  なぜ中央線沿線は、宇宙の大規模構造で言うところのボイド(空洞)のようにラブホテルの数が人口に比して極端に少ないのか。それは端的に言えばこれらの中央線沿線地帯は戦前から郊外型の宅地化が進み、ラブホテルを立地する余地がなかったこと。加えて戦災を殆ど被っていなかったため、旧態依然とした隘路と住宅地が残り、そのまま高度成長を経て都心至便の第一等級の住宅地として成長し続けたことにある。  だから、到底大型車では通行できないような一方通行の隘路だらけの、クルマ族にとっては何の価値もないこれら主に杉並区や武蔵野市の住宅地は、都下でも格別の値段がつけられ、バブル崩壊後であっても、その坪単価は200万円/坪をゆうに超える高級住宅地となっているのが現状である。当然そこには学校や病院が立地し、後発のラブホテルが空地に立地する余地は全くない。  このような事情から、中央線沿線には巨大なラブホテルの空白地帯が形成され、ラブホテル建設よりも、旧態依然とした住宅の細分化と建売り、そして高密度の宅地化現象が面的に進行したのである。  このような切迫した状況の中でも、一縷の救いはある。今回紹介するのは、この中央線沿線という未曾有のラブホ空白地帯のただなか、JR中央線阿佐ヶ谷駅至近にあるラブホテル「Sプリ」。  この物件の特筆すべきところは、ラブホ空白域という、同業他社との競争がない絶対的優位性をもっていても、そのきめ細やかなサービスと良心的な価格帯を堅持し続けているというところであろう。まさに「阿佐ヶ谷唯一の希望」といって差し支えない。
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奇跡のような一等地にそびえたつのがSプリ
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(ふるやつねひら)1982年生まれ。作家/評論家/令和政治社会問題研究所所長。日本ペンクラブ正会員。立命館大学文学部史学科卒。20代後半からネトウヨ陣営の気鋭の論客として執筆活動を展開したが、やがて保守論壇のムラ体質や年功序列に愛想を尽かし、現在は距離を置いている。『愛国商売』(小学館)、『左翼も右翼もウソばかり』(新潮社)、『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』(晶文社)など、著書多数

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