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海なし県の埼玉にそびえる、巨船を模したラブホの正体は?/文筆家・古谷経衡

独りラブホ考現学/第8回

クイーンエリザベス石庭

外観、内装は客船をモチーフに

 埼玉県川口市を東西に貫通する東京外環自動車道(外環)の川口JCT付近は、同市はおろか埼玉県内でも有数のラブホテル街道として知られる。筆者は、もうこの近辺のラブホをどれだけ渡り歩いたか分からないほどであるが、その中でもひときわ異彩を放つラブホテルがある。その名も「クイーンエリザベス石庭」。写真を見ても分かるように、外見からして威容を誇っており、船の形をしたラブホテルである。  私が当該ホテルに最初に泊まったのはもう何年も前になるが、この強烈な外観が未だに頭から焼き付いて離れず、まんじりともしない夜などは「川口の船のラブホに泊まりたいなー」などと思いついて外環をすっ飛ばしていく。  このホテルのこだわりは外見だけでは無い。きちんと内装も「客船」をモチーフに細部までレイアウトがなされているところが、「手抜き」を感じさせない。  まず客室廊下は豪華客船を思い起こさせる一直線。まるで「タイタニック」である。踊り場には無音で流れる熱帯海中の映像と、操舵と速力計器が鎮座ましましている。これだけで、ここが川口であることを忘れてしまいそうになる。ここで、客のハートは鷲づかみにされている。ラブホは非日常の自由空間だ。そして無限に広がる海中の神秘と同義である。川口の高速道路の脇にありながら、その喧噪が「ふっ」と消え、なにやらニューカレドニアかラバウルに居るようだ。この粋なハレの演出こそが、「クイーンエリザベス石庭」最大のウリである。

内部には操舵と速力計器を模したモジュールが(但し動かない)

建物全体が船を模している

「心に残るホテルを」経営者の心意気

 内装はどうか。申し分なく綺麗である。と言うより執念とも呼べる徹底さを感じる。浴室のガラスも、船窓を意識しての丸鏡。鏡くらい四角形でも良いのに、「クイーンエリザベス石庭」はそういう手抜きをしないところが良い。  思うに、全国に多々あるラブホ激戦区は、いま、それぞれ特色を出そうとして懸命になっている。ひとつは「ホテルバリアングループ」が火付け役となった「リゾート型」。もう一つは、競合他社が居ないので特段改装を行なわない代わりに、廉価と回転率で勝負する「従来型」。しかし、「クイーンエリザベス石庭」はこのどちらでも無い。「ホテルバリアングループ」はインドネシアの保養地・バリ島の雰囲気を充満させ、まるで南国に居るかのような高揚感を与えることで、特に女性層へ訴求し、と同時に多機能高級化路線をひた進んできたラブホ界の革命児である。  ところが、「クイーンエリザベス石庭」の姿勢はバリでも無く保養地でもない。なぜか拘ったのは船。建ぺい率の関係で船の形にするのが合理的だったのかもしれない。しかし、わざわざこういった外観にするのは、通常の箱形ビル状のラブホよりも大きなコストがかかるのは当然だ。「クイーンエリザベス石庭」は、「ホテルバリアングループ」による革命が起こる前から川口の激戦区にある。つまりラブホ間の差別化が激化する前から、経営者が「一度訪れたなら、絶対に心に残るホテル」をめざし、苦心に苦心を重ねた結果が当該物件の真骨頂であろう。  実は「クイーンエリザベス石庭」は、かつて関東広域に3店舗を構える地域チェーンだった。ひとつはこの川口。もうひとつは千葉市。三つ目は船橋市。そのうち、現在営業中なのは川口と船橋のみのようで、千葉市の「石庭」の外観は不明瞭である。しかし様々な硬直的なラブホの法規制の中、新規開店が出来ない中で、この三箇所のうち最も激戦区である川口店が正に「旗艦」の如く健在で居るのはただの偶然ではあるまい。

浴室内装にまで船室=丸窓に拘っている。映っているのは筆者

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船が好きでなくても……
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